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こんにちは、ジローです。
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おかげさまで、筆者はぼちぼちとこのブログを続けられています。
さて、今回は短編小説の最終話、となりました。
これまでのお話はこちら。
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では、6話ものの第6話。
最終話を、どうぞ。
『西園寺…』
福井はこぶしをまた握り込んだ。
『こんな事があっていいのか。正直に生きてきた者が馬鹿を見て、うそつき野郎がまかり通る』
ぎりっと奥歯を噛み締める。
「残念ながら過去に確定したものについて、現場の我々はどうしようもありません。そして、調べたのですが、西園寺さんはもう…」
「えっ」
と福井が反応すると、雨宮という警察官は首をふった。
「もう、残念ですが。お亡くなりになっておられます。」
「そう、だった、のか…」
あれから西園寺と全く連絡が取れなくなっていた。会社から聞いて、一度住所地を訪れたことがあったが、もぬけの殻となっていた。
なんとか連絡をとりたかったが、それ以上福井には調べようがなく、いつかまたどこかで出会うんじゃないかと、淡い期待をもちながら、そのままとなってしまった。
『待てよ、なんでこの雨宮という警察官は西園寺のことを知っているんだ?さっきのおかげさまは』
福井はゆっくりと顔をあげる。福井の中で破断面のバラバラなピースが、『カチッ、カチッ』と音を立てて、一つずつはまっていった。
雨宮という警察官は福井の表情が確信に変わるのを待っているかのようだった。
福井は、理解ができた。
ようやく、全てがつながった。
福井の表情を見て確信を得たのか、雨宮という警察官は一度頷き、こう切り出した。
「そうなんです、だからおかげさま、になるのです」
雨宮という警察官はそう言った後、話題を変えるようにまた話し出す。
「実は奥様が交番からの帰り際に、『夫がおそらく近いうちに雨宮さんのところに来ると思います』ということをおっしゃってました。『あのひと、本当は警察が嫌いだけど、そういうところは筋を絶対に通すの』と」
福井は、急に立ち上がって雨宮という警察官に背を向けた。自分が妻の想像通りに動いてしまっていたことが恥ずかしくなったのだ。
「お互いが何を考えているかわかるって、本当に素敵なご夫婦だと思います。」
雨宮という警察官の柔らかい物言いが背中を押してくる。
「今回のこともご主人が機転を利かせてすぐに通報されていなかったら、実際、どうなっていたかはわかりませんでした。私もいろんなかたちのご夫婦にお会いしてきましたが、こういう風に思えるって本当にいいご関係だなと思いまして。」
と雨宮という警察官がしみじみと話している。
『確かに紀子が言うように、いい人なのかもしれないな。』
「奥様は恐縮した感じで、後日ご主人が警察署に見えられるかもしれない、という話をされた後、交番から帰るために立ち上がられました。その際私には、奥様は少しゆっくりな立ち上がり方に見えました。」
「そして、奥様は膝の上に置いておられた鞄を床に落とされてしまいました。奥様は慌てて謝りながら荷物を拾われていました。私も机の前に回って、床に散っていた小物を拾いまして、お渡ししたのですが、奥様の手が震えているように見えたのです。
私は、奥様の顔を見上げて
『大丈夫ですか』
と声をかけました」
「すると、奥様は無理に微笑まれました。少なくとも、私には、そう、見えました。」
と、雨宮という警察官は続ける。
『安心してさっきの恐怖がまた出てきたのか。』
福井はそんなことを思い、心配になった。雨宮という警察官は、こちらの様子を見て頷き
「おそらく」
と言う。福井は目を見開いた。ただ、雨宮という警察官は福井の表情を気にしている様子はない。
「おそらく、奥様は先程のことを思い出されたんだと思いました。ですので、私は少し落ち着かれてから帰られるよう、お話しいたしました。奥様は座られて、交番の勤務員が出してくれた温かいお茶を飲まれました。」
雨宮という警察官は
「どうぞ」
と、福井に言ってきた。福井は、自分が立ち上がっていたことに気付き、また促されるまま雨宮という警察官と並んでまた、座ることにした。
雨宮という警察官は、妻の話を続ける。
「奥様は、このように仰っておりました。」
と言って説明を続けていく。
その時、福井にはなぜかそこに妻がいて話しているかのような感覚に襲われた。
目の前にいるのは雨宮という警察官のはずなのに、雨宮という警察官の説明が、よりはっきりとした妻のイメージになっていく。
それは、とても不思議な感覚だった。
「雨宮さん、本当にすみません。情けない姿を見せてしまって。
ちょっと、ほっとしたのよ。おとうさんも警察官の皆さんもいてくれてよかった、って。
そうしたらね、急に怖くなってしまって。だめね、ほんとに。」
「うちのおとうさんね、あぁ、私の夫なんですけど、タクシーの運転手をしているの。
昔ね、おとうさんの同僚の方が大きな事故を市内で起こしたそうでね、その時の警察の対応に不満を持っているのか、おとうさんは警察が嫌いなの。私はそんなことないんですけどね。」
「おとうさんは、私たち家族のために二交代の勤務をずっと続けて、頑張ってくれていてね。
勤務時間が不規則だから、この歳になったら正直しんどいはずなのに、文句も言わずに働いてくれているの。だから私、本当におとうさんのこと尊敬していて。
ただね、おとうさんがずっと運転の仕事をしてくれてる以上、なかったらいいんだけど、本当にずっとなかったらいいんだけど。
私はいつかはおとうさんが、同僚の方のように事故を起こす日が来るかもしれない、と思うの」
「そんな日は来なくていいのよ、本当にね。でも来るかもしれない。
もし、そうなったら。
もしもよ、もし、そうなってしまったら。私は
絶対におとうさんの事は責めないようにしようと思っているの。
おとうさんには内緒だけど、いろいろと家計をやりくりして、年金と合わせればそれなりにやっていけるぐらいの蓄えも作ったわ。
こんなもしもは不謹慎よ。でも、いつその日が来てもいいように、もう私は、覚悟はできているの。」
福井は、言葉が出なかった。何か言おうとしてみるが、喉に言葉が張り付いてしまったようだった。
「なのにね、自分のことになると全然ダメね。うろたえてしまって、仕事中のお父さんに電話してしまって。本当に情けないわ。」
「雨宮さんが言うように、おとうさんが機転を利かせて通報してくれなかったら、うろたえていた私は相手の口車に乗ってしまっていたと思うわ。もしかしたら、大切に貯めてきた大事なお金にも手をつけていたのかも知れない。」
「私、ほとんど自分のいた場所の説明もできていなかったのよ。本当に。思い返しても、自分で言っててなんて説明したのかしらって。
でもね、ちゃんとおとうさんには伝わっている。自分の嫌いな警察に通報までして、私を守ろうとしてくれた。だから、その場所に、雨宮さんのような人が来てくれたんだと思うの。」
「雨宮さん、あなたはね、なんて言うか不思議な人。今日初めて会ったばかりなのに、きっと聞き上手ね。するするっと、話せてしまうというか。私、おとうさんにもこんな話したことなかったのよ。」
「ありがとうございました、本当に。
もう、私は大丈夫。こうしてちゃんと守ってくれる人がいるからね。」
福井の視界にいた妻は、なみなみとゆがんでいき、見えなくなった。潤んだ世界を見直すため、福井は腕で目頭を拭う。
目の前の世界が一度まっ暗になり、また明かりが差しできた。
世界はまだ少し波打っていたが、目の前に雨宮という警察官が立っていることは、視界がまだかすんでいながらも認識することができた。
「奥様はそう言って、また立ち上がられました。今度は、しっかりとした足取りで。
私は、なんて素敵なご夫婦なんだろう、と胸一杯になってしまって、
『お気をつけてお帰り下さい。ご主人によろしくお伝え下さい』
と言って交番からお見送りいたしました。
奥様は振り返って、とても優しい笑顔で頭を下げられました。」
「西園寺、久しぶりだな」
福井は柄杓ですくったバケツの水をかけながら、話しかけた。
『歳春さん、悪いね』
「なぁに、いいってことよ。それよりも葬式にも顔を出せず悪かったな。あ、花があるじゃねえか。身寄りはいたのか」
『西園寺家代々の墓』と書かれた墓石の周りは、周りの他の墓と比べると、雑草が引き抜かれ小綺麗になっており、仏花が2本生けてあった。
『それはあの人よ、雨宮さんだっけ』
「あぁ、あの人か。警察なのに、なんだか不思議な人だな。俺も嫁さんの心配してたはずなのに、いつのまにかこっちが心配されててな。あいつ、腹くくってさ。俺はずっと、なんとかしてやらないと、と思って働いてきたんだけど。なんていうか、なぁ」
『いい奥さんだね』
「そうだな。俺には、もったいないくらいだな、ほんとに」
そう言って福井は振り返った。
妻は花壇に咲いた彼岸花を覗いている。
福井は元の向きに直る。
目の前には黒光りした石がある。
福井はそれにまた、柄杓で水をすくってかけた。
「しかし、あの雨宮という人と関わっただけなのに、なんだか随分と事が進んじまったな。おまえの事故の真相もな。」
『迷惑かけたね、歳春さん。ほんと見落としてしまってて。』
「全く、馬鹿正直すぎるんだよ」
『違いないね』
福井はまた、バケツから残りの水をすくってかけていく。
「俺は警察は嫌いなんだけどな。でもなぁ、あの雨宮って人には世話になった。おかげでこうしてまたおまえと話すことも出来た。ここは筋を通さなきゃなんねぇよな。」
福井の左手のバケツの水は空になった。
「西園寺、また来るわ。」
『歳春さん、ありがとうね。安全運転で』
「そうだな、あいつに覚悟、決めさせてるからな。気をつけるわ」
福井はそう言って立ち上がり、バケツを置いて、手を合わせた。
「おとうさん、久しぶりにお話できた?」
彼岸花を愛でていた妻が聞いてきた。
「あぁ、おかげさまでな」
妻は嬉しそうにこちらを見つめている。
福井は、気恥ずかしくなって頭をかく。
二人は入り口のある方へ並んで歩き出した。
福井はバケツを持っていない右手を胸の前にあげ、その手のひらを見た。
そして、その右手で、隣に並んだ妻の左手を、とる。
驚いた妻の手が少し小さくなったが、やがて、優しく包み返してきた。
「よかったね、歳春さん」
「あぁ、本当にな。よかったよ」
終わり。
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