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こんにちは、ジローです。
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さて、今回は、筆者の学生時代のアルバイトの話。
では、どうぞ。
筆者は学生時代、塾講師のアルバイトをしていた。
普段は塾長が英語、数学、理科を担当し、バイトの学生が国語と社会を担当するが、夏休みなどの長期休みでは、塾長が数学を担当し、他の教科は学生がもつ。
筆者は皆がやりたがらない国語担当だった。
塾は地域に根ざした小中各学年一クラスだけの塾だが、評判がよく、中学3年のクラスは毎年50人前後がひしめいていたように記憶している。
各講師でそれぞれの色があり、英語を担当する広島出身の剣道部主将は広島弁でやっていて味があり、社会を担当するアウトドアサークルのもみあげの長い人は話が面白く自分をルパンと呼ばせていた。
二人とも大学で同じクラス。
後に二人ともそれぞれの地元で教職に就いている。
筆者はけっこう淡々と授業をやっていて
国語は答えが問題に載っている
その見つけ方のコツを知ってるか、どうか
みたいなことを教えていた。
よく言えばマジメ、悪く言えば面白味のない授業だったんじゃないかと、今なら思う。
たまに、早く塾について他の講師の授業を聞くと、時々笑いがあって凄いなぁ、と感心していた。
記録よりも記憶に、という言葉があるのならば、間違いなく剣道部やルパンが記憶に残る。
筆者が出来たのは社会や国語で、え、そうなんや、という豆知識的なものを時々挟んで披露するくらいで、それが記憶の助けになれば、とやっていた。
そんな塾講師も、元々筆者は教育大学に行ったくせに、人との関わりにやや苦手意識があったので、それをなんとか克服しようと思って始めたのがきっかけだった。
最初は、小学生相手でも緊張するし、ましてやたくさんの中学生であればなおさらだ。
しかし、徐々になれてきて、子どもも慣れてくると私語がでる。
それを時々ピシャッとして、授業を四年間続けていった。
筆者は、教職には最終的に就かなかったが、塾の経験はずいぶんと人前で話す練習にはなって、おかげで教育実習でもガチガチにもならなかったし、人にポイントを伝える練習をずいぶんとすることができた。
そしてそれは社会人になっても、決して無駄にはならない貴重な経験だ。
社会人になって12年くらいが経ち、仕事でとある学校に出かけたことがあった。
名刺を交換して校長、教頭先生と話をする。
全然行ったことのない学校なのに、靴箱、教室、職員室など、妙に懐かしい。
そして、一人の担任の若い先生を紹介された。
私は、初めまして、と名刺を差し出して挨拶したところ、その若い男性の先生はキョトンとして名刺を受け取った。
筆者は仕事の説明をして、予定していた行程を行った。
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帰りがけ、校長室に通されて話になる。
教育系の大学を出ていたおかげで子どもにも先生方のウケもよかった。
そこに名刺を渡した先の若い先生が入ってきた。
そして、こう言ってきた。
ジローさんは、〇〇ゼミナールの先生でしたよね?
筆者は久しぶりに聞いたバイト先の名前に、戸惑う。
彼は、バイト先の塾に通っていた生徒だった。
正直なんとなくでしか憶えてなかったけど、剣道部やルパンの話もでて、以前の時に戻ったかのような感覚だった。
先生のおかげで、けっこう国語が得意になったんですよ
たぶんお世辞だろうが、ちゃんと教科も憶えているし、第一筆者が行ってた大学に進み、こうして教師になっているので、本当に嬉しい再会になった。
過去が今にどのようにつながるのかは、その時になってみないとわからない。
ただ、一生懸命にやってたことは、時々自分を救ってくれたり、こうして嬉しい話につながったりするみたいだ。
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