ジローの部屋

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【短編小説】 増本優芽の事情③

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こんにちは、ジローです。

たくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!

さて、今回は、全4話の短編小説の続きになります。
第1話と第2話はこちら↓
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では、第3話を、どうぞ。





増本優芽は、息子の駆け出していく様子をポカンとしてみていた。

知らない人、ましてや警察官相手に、あの良平が、話をしている。

良平は、一生懸命に身振り手振りを交えながら話している。


雨宮淳一朗と名乗った交通課の若い警察官は、
「うんうん」
「あ、ここからね」
「え、そうなん!?」
「ここから、あそこまで走っていったの?すごいやん」
と相槌や合いの手を入れながら、表情豊かに話を聞いている。

小学生の話だからと邪険にせずに、ちゃんと聞いてくれているその姿勢が、優芽には本当にありがたかった。

二人は優芽から離れて、向こうへ走っていった。
そして、向こうの方でやりとしていていた二人は、しばらくすると戻ってきた。


「いやぁ、お子さん大したものですね。逃げた車のナンバーの一部までちゃんと憶えていましたよ。ね。」
と、彼は良平に目くばせすると「僕見てん」と良平は胸を張っている。


良平は、逃げた車が「白い車」のほかに4桁の数字が
「・703」
と憶えていたようだ。
一瞬の出来事なのによく憶えられたなと感心すると
「だってママの誕生日と一緒やろ」
とケラケラ笑って言っている。

雨宮と名乗る警察官は
「単に憶えたんじゃなくて、具体的な憶え方なのでこちらとしても信用できるなと感じています。車の形も絵をかきながら聞いたのですがよく憶えておられましたよ。早速追加手配をかけました。どうもこのあたりは田んぼもあって防犯カメラもなさそうなので、捜査を進めるうえで非常に助かります」
と彼は言っていた。

優芽は素直に
「あんた、すごいなぁ」
と良平に言うと、良平はちょっと得意げになって颯太を連れて家の中に向かって行った。

そして、良平は家の前できびすを返し、「おまわりさん、バイバイ」と手を振る。
雨宮はそれに笑顔で
「今日はありがとう、ファインプレーやったよ!頑張って犯人捕まえるわ」
と大きな声で、手を振りながら応えていた。



止まっていた夕方の時間が慌ただしく進んでいく。
今日はやけに良平も颯太も聞き分けがよく、夕ご飯、お風呂と、さっと流れていった。


お風呂に3人で浸かっていると、良平が
「ファインプレーって何なん?」
と聞いてきた。

颯太は1人でガーゼを使って、空気を集めて沈ませて、ボコボコと泡が立つ遊びに夢中になっている。


優芽は颯太のガーゼを突っつきながら、雨宮の言葉を思い出した。
颯太は、キャッキャ笑いながら、ボコボコと泡を作ろうとしている。

「そうやなぁ、良平、野球好きやろ。
バッターが打ったときに捕れそうでとれないようなボールを外野の人が走ってジャンプして捕ったりするやんか。
あぁいうのが、ファインプレー。
普通の人なら出来なさそうな、スーパープレーのこと」
と、優芽は湯船から両手を突き上げて、身体一杯にそのすごさを表現してみた。

バシャーッと水しぶきがあがり、良平と颯太が、おぉ、と歓声あげる。


続けて優芽は
「今日の良平は、おまわりさんにはスーパープレーに見えたんじゃない。
良平が見てくれてなかったら、犯人捜すのが難しくなるって、おまわりさん言ってたよ」

そして
「お母さん、真似できないな」
と、良平の頭をポンポンとした。

良平は、嬉しさと恥ずかしさが入り交じった表情を見せながら、
「そうなんや」
とつぶやいて、沈んでいきながらブクブクし出す。

恥ずかしい時に、お風呂で時々見せる仕草。

まんざらでもない様子だった。





その日の遅く、女子高生の母親から連絡があった。
そういえば、私のスマホから電話したんだった。


良平のことを聞かれたが、あいにくこの時間帯、良平と颯太は寝入っていた。

「そりゃこんな時間ですものね」
と母親は続ける。

彼女のケガは思ったよりもひどく、手術をしないといけないようで、運ばれた病院で入院になってしまったらしい。


「本当にお気の毒に」
と話しながら、当時の彼女の様子を、優芽はもう一度話した。

母親は、本当に恐縮してこちらに感謝の言葉を伝えている。

優芽は優芽で
「いや、ほんとうちの子が呼んでくれて通報しただけですから」
と姿勢を正し、恐縮して誰に向かってかわからないが、頭を下げながら返していた。


そのやりとりが終わると、女子高生の母親が、こう切り出した。

「そうそう、うちの娘の麻美が言っていたんですけど、事故に遭って倒れて痛みに耐えているときに良平君がすぐに来てくれたそうなんですよ。
それで
「大丈夫、お姉ちゃん。痛い?」
「すぐにお母さん呼んでくるから待ってて」
と言ってくれて、痛くて事故に遭ったことも信じられなくて、泣きそうになっているところを良平君が助けてくれたそうなんです。
だから
「ちゃんと良平君のお母さんに電話してお礼を言っといてよっ」
て麻美に言われてたんですよ。

声をかけてくれたことが、本当に嬉しかったようでして。」


「本当に、ありがとう、ござい…、ました。」


電話の向こうの母親が少し詰まり気味で話している。

状況をイメージして、心配なのと、娘の怖かった思いがまた伝わったのか、感極まったのかもしれない。


優芽も、子をもつ親。

その気持ちは痛いほどわかる。


そして、あとひとつ。

人から伝え聞く、息子の姿は、普段聞いたり、見たりしている姿とは違っていた。
身内にはそんなことはないが、他人へは人一倍バリケードを張っている。

その良平が、と思うと、なぜかこちらも感極まってきた。

優芽は、
「ありがとう、ござ、います」
と涙声で返す。

最後は、ふたりとも電話越しに、何をしゃべっているのかわからなくなった。
ただ、二人の想いは、お互いに伝わっている気がする。

優芽は、
「お大事にしてください」
と最後に伝え、優芽は電話を置いた。 




優芽は寝室をのぞきに行った。
川の字にひいた布団で、掛け布団を蹴っ飛ばして寝ている良平。

「今日は、ちょっとかっこ良かったぞぅ」
と、優芽はおどけたことを言いながら、掛け布団をかける。

良平の反応は、全くない。
彼の意識はきっと、夢の中だ。





翌日、良平は元気に学校に出かけていった。
昨日の事件がまるでなかったかのように、時間は元通りの日常の流れで進んでいく。


夕方、優芽のスマホが鳴っていた。
画面に表示された電話番号は、良平の学校だった。

良平の担任の先生は、以前の面談を終えてから、時々優芽に良平の学校の様子を電話で教えてくれていた。


「今日はこんなことがあって、ちょっと頑張って発表しようとしていました。」
「みんなの前で話すのはすごく緊張していたけど、班の子となんとか発表しきれたので、誉めてあげて下さい。」


何かと気にかけてくれているのが、ありがたい。
彼女は、彼女なりに、良平の勇気のスイッチを探してくれている。

優芽は、この電話もまたそんな感じかなと思って、コンロのガスを止めて、電話に出ることにした。


「良平君のお母さん、昨日おうちで何があったんですか!」
担任の先生は、興奮気味に話し出した。

「良平君が、良平君が、なんていうか。えっと、そうそう。
まるで、別人だったんですよ!!」




最終話に続く。

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