ジローの部屋

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【短編小説】 雨宮淳一朗の事情④

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こんにちは、ジローです。

たくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!


さて、今回は、いよいよ短編小説の最終話。

これまでのお話はこちら⬇

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では、最終話をどうぞ。








 ちょうど今ぐらいの時間だった、今回の事故があったのは。雨宮は篠原麻美が入院している病院からの帰りに、何度か出向いたあの現場近くへ寄ってみた。

 今日も天気はよく、心地よい風が吹いている。

 現場の道から田んぼを挟んだ向こう側には、戸建ての新しい住宅が並んでいる。そこの道は袋小路になっていて、付近住民の車ぐらいしか通らないため、小さな子どもの遊び場になっていた。

 こちらの道路から、子どもが二人遊んでいるのが見える。手にはおもちゃの剣を持っているので戦いごっこ、だろう。お兄ちゃんは弟とつばぜり合いをして、時々切られている。お兄ちゃんは膝をついては復活し、倒れては復活する。弟を威嚇して戦うが、最後はしっかりやられている。

 雨宮は、畦を歩いて行く。遊んでいた子どもの一人がこちらを指さすと、もう一人も振り向いた。
「おまわりさーん」
と二人とも声に出してかけてきた。

 雨宮は軽く敬礼をして挨拶する。すると、二人ともいきなり立ち止まって、敬礼した。雨宮は、二人にいきなり真面目な顔を見せられたのでギャップで吹き出してしまい、それをみた二人もケラケラと笑っている。
「あのな、僕な・・・」と増本良平が話し出す。


 篠原麻美の小さなヒーローは、もう構えることはない。
もともと人懐っこい性格なんだろうが、人見知りをするのだろう。ただ、その垣根を越えてやると彼本来の性格現れてくる。人に対する優しさと、弟への面倒見の良さが、彼の素直な姿だ。

 増本良平と話していると、家から彼の母親が出てきた。
 雨宮は、増本優芽に挨拶をした。篠原麻美の手術の話をすると、彼女の母親と何度か連絡を取り合っているようで
「手術うまくいってよかったですねぇ」
と自分の家族のことのように喜んでいる。
 雨宮は先程のリハビリに励んでいた篠原麻美の様子を伝えた。彼女の様子が、落ち込むのではなく、前を向いていることに驚いたことを伝えると、増本優芽は
「そうなんですか。しっかりしたお嬢さんなんですね。私だったらずっと塞ぎ込んじゃうかもなぁ」と、二人の子どもを見ながら話していた。

 雨宮は「そうそう」と言って、本題を切り出すことにした。
 現在は犯人の特定には至っていないが、良平君の目撃情報は有力情報だったこと、篠原麻美がお礼を言って欲しいと話していたこと、彼の事件当時の振る舞いは警察署の交通課長も「それはすごいな」と驚いていたこと、などを伝えた。
 増本優芽は子どもの話になると表情を崩し、事件の話になるとこわばった表情になる。


 雨宮の上司である交通課長は、雨宮が増本良平の話を報告した際に、
「そうか、いい『声』が聞けたんだな」
と話していた。
 そして
「その声が無駄にならないように、捕まえたいな。あとは、何かお礼をしたいもんだな」
と話していた。
 雨宮が後日、そのお礼について相談すると
「それはいいな。ポケットマネーを使わなくていいように話をつけてくる」
と言って、会計課の方へ話をしてくれた。


 そういう経緯を経て、今、この包みがここにある。雨宮は捜査協力に対するお礼を重ねて伝え、雨宮は小さな包みを、増本良平に手渡した。

 増本良平は
「うわぁ、やったぁ」
と言って喜んでいる。

 増本優芽は、戸惑った様子だ。そのため雨宮は
「お母さん、これは私のポケットマネーでも、ましてや黒いお金でもありません。」
と言って笑ってみた。増本優芽は、釣られて少し表情を崩した。
「警察もたまには、こんなことするんですよ」と言うと、増本優芽は先程の柔らかい表情に戻っていった。
 雨宮は「では」と言って、軽く敬礼して場を後にすることにした。また、真面目な顔をして、増本兄弟が敬礼して返してくれたが、次はクスッと笑っただけで吹き出すことは回避できた。

 雨宮は歩きながら、増本良平の言葉を思い出す。
「あのな、僕な。強くなってお母さんや颯太を守りたいねん。それでな、大きくなったらな・・・」
頬を紅潮させて増本良平は、そう言った。
小学生男子のなりたい職業には、雨宮達の職業がいつもランクインしている。ただ、大人になってまでそう思い続けている人は、いったいどれくらいいるだろうか。


 雨宮は増本良平の話している姿を思い出した。彼の目は、まっすぐ雨宮を見つめていた。
あの目は、きっと本物だ。


 車に乗り込もうとした時、ふと気になって後ろを振り返ってみた。
 増本優芽の隣で、こちらに手を振っている少年が二人。
 そして、増本優芽はこちらに向かって深々と頭を下げた。
 雨宮は慌てて帽子を脱いで
「ありがとうございました!失礼します」と声を張って頭を下げた。雨宮はパトカーに乗り込み、クラクションを軽く2回ならして、出発した。
 その時増本親子の方を見てみると、増本優芽はもう一度深々と頭を下げた。雨宮には、その姿が妙に印象的だった。




 数日後犯人が逮捕された。同じ市内に住む45歳、男性。免許はやはり最近取り消されていた。
 新聞の地域欄に、「お手柄、小学生」と有力な目撃情報を寄せた小学生を称えつつ、ひき逃げ事件の犯人が捕まった記事が載った。
 雨宮は犯人が捕まったタイミングで篠原麻美の母親に電話連絡していたが、改めて今後の流れを説明するために篠原麻美の入院先に向かうことにした。

 「犯人逮捕」で事件が終わるわけではない。

 病室の近くに来ると、ワイワイとした声が聞こえてくる。そして
「麻美、またね!」
という聞き慣れてきた声と共にドアが開き、何度か見たの篠原麻美の友人が顔を見せた。雨宮は軽く会釈すると、篠原麻美の友人もこちらに気付いたようで、会釈をしてからドアをまた開き
「麻美、雨宮さんきたよ」
と知らせる。
 雨宮は、なんで自分の名前を知ってるんだ、とうかつにもうろたえてしまったが、篠原麻美の友人は一緒にいた残り二人の友人と話をしながら病室を後にしていった。

 雨宮はまだびっくりした表情のまま、病室に入ってしまった。
 篠原麻美は、クスクスと笑っている。勘のいい彼女は、雨宮の表情で勝手に内心を読んでいるに違いなかった。
 ほどなくして母親も病室に現れた。
「麻美、佳子ちゃん達来てたの。さっきすれ違ったけど」
と、廊下を見ながら入ってきた。
「うん、これ持ってきてくれた」
と篠原麻美は、一枚の色紙と使い古したバスケットボールを指さして、ボールを手に取り感触を確かめている。
「あと、落書きされた」とはにかみながら、固定された右足を上げる。
 白色のギプスにマジックで文字が書かれているのは、リハビリサボるな、試合のイメトレ、早くコートに帰ってきて、先輩ファイトす!・・・。
 どれも彼女のバスケ部の部員のメッセージ。さっきの3人で書き分けたのだろうか、まるでギプスだけ耳なし芳一のようだ。

 母親は色紙を手に取っている。これは、彼女のクラスの一同からだった。聞き慣れてきた声の主の篠原麻美の友人は、きっとクラスも彼女と同じなのだろう。母親は知ってる名前を見つけて、篠原麻美に見せている。
「ちょっと、お母さん。後でゆっくり見たかったのに」
と篠原麻美は口を少し尖らせている。
 雨宮は、その様子を微笑ましく見ていた。

 
 篠原麻美と母親は、犯人逮捕に改めて礼を言ってきた。
「迷宮入りする事件もあるなか、今回は小さなヒーローのファインプレーのおかげです。」
と雨宮は返した。うんうん、と頷く篠原麻美。
 そして、二人にこれからの流れをざっと説明していった。


 雨宮は用件を終えて帰り際、
「そうだ、雨宮さん。」
と篠原麻美に呼び止められた。
「これ、一言書いてもらえませんか」
篠原麻美は色紙とペンを持っている。
「いやいや、それはクラスの皆が書いてくれたやつでしょう。場違いですよ」
と雨宮は恐縮するが、困ったことに篠原麻美は全く引かない。
 結局、雨宮は押しきられて、一言書くことになってしまった。色紙には篠原麻美のクラスメートが色々な色ペンで励ましの言葉を連ねている。

 困ったな、気の利いた言葉が浮かばない。
 雨宮は頭をかいた。そして、しばらく目を閉じて考えて、目を見開いてからペンを走らせた。
 雨宮は、見直して、また頭をかいた。
 そうして、雨宮は色紙を裏返しにして、篠原麻美に返す。篠原麻美は、満足そうに引き取りする雨宮に礼を言った。
 雨宮は挨拶をして部屋を出る。いつもどおり母親が廊下まで出てき
「雨宮さん、この度は大変お世話になりました。」
と言った。
 雨宮は
「いやいやお母さん、まだ終わってませんから。」
と恐縮する。
 すると彼女は一気に話し出した。
「違うんです、私たちの家族は本当に感謝しているんです」
「今回の麻美の事故で私たちの家族はそれはもうめちゃくちゃに乱されました。本当にこれから先どうなるかと思ったのです。麻美は完全に塞ぎ込んでいましたし、私たちもこの怒りを、このやるせなさをどこにぶつけることもできない。ニュースになった麻美の事故で、「でも自転車も危ないわよね」なんて話を外で耳にしたときは、なった者にしかわからない辛さがありました。」
 彼女は一度うつむいた。
 頬に一筋のキラリとしたものが伝い落ちる。
「でもね、雨宮さん」
顔を起こした彼女は、伝い落ちるものを右手で拭いながら、優しい表情を見せた。
「でも、悪いことばかりではなかった。
目撃者の増本さんが本当にいい人で当日のお電話で私は本当に救われました。麻美も本当の友達の優しさに触れることができました。家族も私が病院に行っている間に家のことをしてくれ、以前よりもさらに会話が増えました。」
「雨宮さん、犯人の取調べをするなら、こう伝えて下さい。私たちはあなたにめちゃくちゃにされたけど、家族の絆はより強いものになったのよ。絶対にこんなことで負けませんからって」

 母親はリハビリ中の娘を見ていたときよりも、力強く手を握っていた。雨宮には、その姿が彼女の思いの全てなような気がしてならなかった。

 雨宮は、「わかりました」と言うと「そのお気持ち、確かに頂きました」といって帽子を取って深々と頭を下げた。
 そうすることが、その気持ちに対する誠意なように思えた。
 そうして、雨宮は「失礼します」と敬礼して玄関の方へ進んでいった。



 篠原麻美の母親は目元を抑えながら、病室のドアを開けた。
 すると、篠原麻美はベッドの上で窓の外の駐車場の方を見ながら、涙を流している。
 彼女は、先程の色紙を手に持って
「お母さん、やっぱりあの人わかってるね、私の気持ち。なんか肩の力が抜けて、すっきりした。」
と言っている。

 母親は、娘に色紙を見せてもらった。
 クラスメートの励ましの言葉の中に、一際丁寧な字があった。




敢えて頑張れとは言いません。ぼちぼちといきましょう。あなたの頑張りを知っているから。
             雨宮 淳一朗


 
 母親は、また世界がゆがんでしまった。
 鼻をすすりながら、目頭をハンカチで押さえると、ぼんやりとした世界の焦点が合ってくる。
 そして、篠原麻美と目が合った。
 お互いひどく崩れた顔をしている。

 篠原麻美が先に吹き出した。
 そして、病室は二人の笑い声に包まれた。



終わり。


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