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こんにちは、ジローです。
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おかげさまで、筆者はぼちぼちとこのブログを続けられています。
さて、今回は、始まりました短編小説、6話ものの第2話。
第1話はこちら。
surrealsight.hatenablog.com
では、第2話をどうぞ。
妻から連絡があった。
これまで福井の勤務中に電話をかけてくるなんて事は普段は絶対にしてこなかったのに、だ。福井はその時、たまたま駅のロータリーで順番を待っているときだった。
妻は、慌てた様子で
「ちょっとおとうさん、どうしよう、どうしたらいい」
と言ってきた。
電話の向こうから
「痛いやんけ、どうしてくれんねん。ぶつかったやないか。自転車も傷だらけや。どないしてくれんねん」
という声が漏れてきていた。
福井は妻に対して
「自転車とぶつかったんか」
と聞きながら、時計を見た。
時刻は、午後2時すぎ。普段なら車に乗って妻の紀子は夕食の買い物に出かける時間帯だ。
「ほんっとうに、すみませんでした。」
と電話の向こうで、何回も謝る聞き慣れた声が聞こえる。それに答える巻き舌の声。どうも、普通の人ではないようだ。
「おい、聞こえるか。」
と福井は言って、一呼吸置き
「場所はどこだ?」
と続けた。
妻からの反応が遅かったが
「えっ、あ、公会堂のとこの」
と返ってきた。
福井の脳裏に、フロントガラス越しのマイカーの視界が広がる。自宅のガレージから発進して、路地を右左折して緩やかな下り坂を大きな通りを目指していく。
そうすると右手に近所の公会堂が見えてきた。
ちょうどその公会堂の玄関前に、福井から見て左へと続く道と交わる交差点が見えてくる。車はその交差点を直進しようとしていた。左の道へは、民家の塀ですこぶる見通しが悪い。
「ここか」
と、福井は一人つぶやいた。そして、次の瞬間、車は、とっさに急ブレーキをかけた。身体が前のめりにつんのめり、シートベルトがギリギリッと音を立て、全力で福井の体重を支えた。
福井の脳裏のスクリーンは、一瞬暗くなって、また徐々に明るくなっていった。
そうして、見慣れた駅のロータリーが広がった。
妻が連絡してきたその場所は、福井のいたロータリーからはかなり遠い。そして声の様子からして、妻には余裕がない。
「今から110番する。その後、すぐにかけ直す」
「わかっ」
福井は妻の「た」を聞く前に電話から耳を離して、電話を切りすぐに慣れた手つきで、発信画面を開き、110と表示させコールした。
1コールして、すぐに『ガチャッ』とつながる音がする。
「はい、110番です。事件ですか、事故ですか。」
「あの、妻が事故を起こしてしまったみたいで、すぐに来て欲しいんです。」
「え、私の名前ですか?そんなことより早く行って欲しいんです。へんなやつに絡まれているんですよ・・・」
福井歳春は、68歳。
この道30年のタクシードライバーだ。彼は元々商社に勤めていたが、人間関係から数年で辞めてしまい、新聞の広告で見つけた「運転手募集」とあった記事で応募して以来、タクシー運転手として勤めてきたのだった。
長年、この業界にいると、いろんな人に出会う。感じのいいお客さんも贔屓にしてくれている年配のご夫婦もいる。ヤクザのようなお客もいるし、知り合いは強盗にも遭っていた。
そしてそれは警察に対しても言える。交通違反の取り締まりをしているおまわりも、交通事故を処理する交通課のおまわりも、なぜかタクシーの運転手には偉そうにものを言ってきたり、対応が冷たかったり、していた。
西園寺の話もそうだ。
そして、一度決めた結果は、頑として覆らない。
だから、福井は警察が大嫌いだった。
しかし、今はそんなことを言っている場合じゃない。妻がトラブルに遭っている。自分が行けるのならすぐにでも行きたいが、場所が離れすぎていた。タクシーで飛ばしても30分はかかる。その間に、何かあれば取り返しがつかない。
110番の通報をし終えた福井は、すぐに妻に折り返した。3コールほどして、ガチャッという音がする。
「もしもし、警察に通報したぞ。大丈夫か」
と福井は一気に話したが、電話口には妻の反応がない。
「すみませんでした。補償は保険会社に連絡していたしますので」
「いやいや、保険通しよったら保険料かなり上がるで、示談しよか」
「おい、紀子。電話に出ろ」
福井は、勝手に話が進んでいく状況に危機感を覚えた。
「奥さん、教えたるわ。警察に言うたら罰金もくるし免停にもなるで」
「そうなんですか、それは困ります。免許がないと困るんです。うちは坂の上に家があって」
「せやろ。だから言うたっとんやないか。それでな、こういうときはな、車が悪くなるんやで、奥さん。俺はいろいろ知っとるんや」
福井は、何度も
「おい、紀子」
と呼びかけるが、妻は完全に相手のペースだ。おそらく、電話に出るつもりじゃなくて、呼び出し音を切ろうとして、間違えて通話ボタンを押したのだろう。
「何をしているんだ警察は。さっさと、それこそサイレンでも鳴らして行くときだろ。」
福井は、自分のスマートフォンに向かって吐き捨てた。
その時、電話の向こうから、イメージしていたサイレンのような音が聞こえたような気がした。福井は、スマートフォンのスピーカーを自分の右耳に押し付け、音を確かめる。その音はだんだんとボリュームが大きくなっていき、まさしく福井が待ち望んでいた聞き慣れた音だと確信できた。
福井は
「紀子、紀子」
と妻の名前を呼ぶ。すると、
「え、おとうさん!?」
という声が聞こえた。そして
「え、電話つながっているの?」
と語尾を上げた声がしてから、一気に
「ちょっと、大変なの」
と、ようやく会話になった。福井は、少し安堵して
「もうすぐそっちに警察が来る。相手と勝手な話は絶対にするな」
と伝える。妻は
「えっと、えっと」
と状況を整理しようとしている。そこに
「おい、誰としゃべってんねん」
という声が重なってきた。
3人の会話が入り交じる。そしてそこに、最大限のボリュームになったサイレンが、割って入ってき、急にしぼんでいった。
『ガチャ、ガチャ』という音が聞こえた。そして、タクシーのクラウンコンフォートとは違う、少し低めの重たい『ドン、ドン』という音が続く。タクシーの無線と似た音と、間隔が狭い『タッ、タッ、タッ、タッ』という音が近づいてくるように聞こえた。
「警察にちゃんと説明するんだ。後でもう一度電話できるか」
「おまわりさんが来たわ。わかったわ」
紀子の声は、ようやく上ずりがやや落ち着いた。
福井はスマホの終話ボタンを押そうとした。スピーカーから
「チッ」
という音が漏れる。福井はそれを気にとめることなく、終話した。
通報から約5分。
福井にとっては、とても長い5分だった。長距離運転が終わった後のように、福井は大きく息を吐いた。
現実に戻った福井は、ロータリーの様子を見渡す。タクシー乗り場には、タクシーを待つお客はおらず、福井のまわりに4、5台の仲間のタクシーが停まっていて、皆車から降りてこっちを見ていた。
「さぁ、仕事だ、仕事」
福井はなんだか固まってしまった状況を切り崩そうと、一人声に出してみた。しかし、こんな騒ぎの後はなかなか仕事に集中できない。ロータリーにいた運転手仲間は福井の形相と電話の内容から、だいたいの状況を察してくれていた。
「福井さん、会社には上手いこと言っとくからさ、休憩ってことでどっかで奥さんからの電話待っときなよ。ほら、いつもの公園のところとかどうだい。たいして人もいないし、外で電話出来るだろう。」
福井はそんなこと全く考えてなかったが、そう言えばタクシーにはドライブレコーダーがあってすべて記録されている。私用で無線も取らずにずっと電話をしていたとバレると会社向きはやっかいだった。さっきは、幸か不幸かたまたま車外で電話をしていた。
ここは、仲間の提案に乗るのが良さそうだ。
福井は仲間に礼を言って、ロータリーを後にした。
普段は勤務中に吸わないタバコが、4本も進んだ。なんとか気持ちを落ち着かせるためにはこれしか思いつかなかったのだ。どれくらいの時間が経っただろう。
そうして、ようやく妻からの連絡がかかってき、思考を遮られた福井は慌ててしまい、スマートフォンを落としかけてしまった。
「おとうさん、もう大丈夫よ」
妻はなぜか落ち着いた声でそう言った。
「何が大丈夫なもんか。警察はどうなったんだ」
「おまわりさんはここにいるわよ。私、今、駅前の交番にいるの」
「交番!?」
福井は、なんでそんなところにいるんだと、考えを張り巡らせた。
「相手はどうなったんだ。痛いとか言うてたんじゃないのか」
「それがね、もういいんだって」
「は?」
「だから、もういいって。相手の人、帰られたのよ」
「帰ったぁ?」
この展開はさすがに想定外だった。
「とにかく、おまわりさんもあと少し話をしたら私も帰れるって。」
『事と次第では出るところに出ないといけないかもしれない。』
そう思った福井は、その警察官の名前を妻に聞くように言った。
妻は
「○○みやさんよ、交通課だって。」
と言っている。
そんな名前ぱっと出てこないな。
福井がそう思っていると
「おとうさん忙しそうだから切るわね。ありがとう、おとうさん」
と妻は言ってきた。
「え、ちょっと待て、おい!」
と福井はその声を追いかけたが、『ブチッ』という音がし、規則正しい『ツー、ツー、ツー・・・』という音が耳に残るように流れていた。
第3話へ続く。
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