ジローの部屋

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【短編小説】 福井歳春の杞憂③

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さて、今回も短編小説の続編となります。
第1話
surrealsight.hatenablog.com
第2話
surrealsight.hatenablog.com

本日は6話ものの第3話。


では、どうぞ。

















 福井は訝しがるように、自分のスマートフォンを耳から離して眺めてみた。そして、よく聞き取れなかったが、『○○みや』とか言っていた、妻の言葉をもう一度思い出した。

 福井は仕事柄、仲間から色々な警察官の名前を聞いている。

 こういう名前のやつに、横柄な対応をされた。
 ○○というやつに、こんな杜撰な対応をされた。

 これらの記憶は言わば、この業界で生きていくための予備知識。
 そんなやつが自分の対応をしようものなら、しっかりと構えていかなければならない。事と次第によっては、生活に直結することになるからだ。
「そんなおまわりの名前、聞いたことがないな。」
福井は独り言ちて、5本目のタバコに火をつけた。ふ~っと煙を燻らせて、広がって薄くなっていく先を見た後に、ため息をついた。
 そして、視線を落としタクシーの窓ガラスに自分で貼った「禁煙車」というステッカーが目に入る。
「しまった、やってもうた!」


 その日、業務を終えて会社に戻ると運行管理者の業務課長に呼び出された。ただでさえ流れの悪い日だったのに。しかもそんな日に限って、タバコ嫌いのお客が乗っていて、会社に後で苦情が入ったのだった。
 あの後、福井は常備しているブレス○アとファ○リーズをトランクから取り出し、しっかりと使ったはずだった。口の中と服、それに車内にはそれらは最大限に効力を発揮していた。しかし、肺の中に届いていなかったのだ。
 ここはもう、平謝りだ。口答えしようものなら、どんな罰が飛んでくるかもわからない。
「全く、なんて日だ。こんな日は、さっさと帰ってビールを飲んで寝るに限る。」


 いつもなら福井は夕方には目が覚める。しかし部屋の窓の向こうはすっかり暗くなっていた。隣の居間のテレビから、あらかじめ用意された笑い声が漏れている。
 福井は寝ぼけながら時計を見て、徐々に自分の置かれている状況を理解していった。ばらばらに働いていた五感が、徐々に重なっていき、自分の感覚に追いついてくる。
 ・
 ・
 ・
 えっと、なんか大事なことがあったような。


『そうだ、紀子の事故!』


 ガバッと布団から飛び起きて、居間へ続くドアを開いた。妻は、テーブルに肘をついてテレビを見て笑っている。先程漏れてきていた笑い声はバラエティ番組によるものだった。

「事故の話はどうなったんだ」
「おとうさん、おはよう。けっこう寝てたわね。ご飯にしようか」
「なに呑気なことをいってんだ。だから事故の話はどうなったんだ。こっちはおかげで会社でとばっちり食らったんだぞ」
 妻はポカンとしていた。おそらくとばっちりがつながらなかったのだろう。


 妻は気楽な感じで話し始めた。妻の話は多分に主観が入る話し方なので、目の前で話している彼女の話を要約していくとこういうことになる。



 昨日、妻は家の車の小型乗用車に乗っていつものスーパーに出かけようとした。福井の自宅は小高い丘の住宅街の中にあり、広い通りに出るには少し住宅街の中の狭い道を通らなければならない。自転車や飛び出しの歩行者もいるため、福井は妻に速度を出さずに気をつけるように言っていた。妻もそれは、ちゃんと守っていたように思う。
 妻は車を、いつも通りに走らせていた。住宅街の中は速度を出さずにゆっくりと。
 そうして、妻の車は公会堂の前の、左側からの道が交差する交差点にさしかかった。妻からすると左側は建物により見通しがきかない。


 場所は福井の予想通り、だった。


 そこから急に黒い大きな影が、妻の車の方へ向かってきた。フロントガラスの左前から、一気にこちらに迫ってきたかと思うと、左側方へ流れるように。

『危ない』
と妻は思って、急ブレーキを踏む。思わず、目をつぶって。タイミング的には、間に合わないような、とっさの反応だったようだ。
 車がつんのめるように止まり、左後方から
「ドサッ」
という鈍い音が聞こえたらしい。

 妻は恐る恐る目を開けて、ゆっくりと左のドアミラーに目をやった。黒い何かが地面のところでうごめいているのが見えた。
 妻は今まで聞こえもしなかった自分の心臓の鼓動が、急に明確に聞こえだしたようだった。

『ドクッ、ドクッ、ドクッ』
 



 妻はここまで一気に説明すると、大きく息継ぎをした。さっきまでの気楽な表情は、もうない。まるで、その現場からここに移動してきたみたいな状態だ。
「もう、びっくりしたのよ」
「急に出てきたのよ、急に」
「私の方へ飛び込んで来るみたいに」
「ちょっと、聞いてる?本当に怖かったのよ」
 妻の言葉はさながら、弾切れのないマシンガンのようだ。思いつく限りの言葉があふれてきている。恐怖に対する弾幕を張るように。

 福井は
「わかった。びっくりしたのはわかった。」
と手を前に出して、大げさに相槌を打つ。そして、また話を前に進めるように促した。
 子ども扱いをされたように思ったのか、オーバーだなとこちらが思っていると邪推したのか、妻はやや不満そうな表情だ。

 妻はまた話し出す。
 ただ、そこからは言葉がかなり減っていった。
 説明がうまく出来ないのは、電話で聞こえた声の主が絡んでくるからだろうか。そして、おそらくその声の主に対する、恐怖心。

 


 妻はうごめくものを見て、
「ぶつかってしまった」
と咄嗟に思ってしまったようだった。今まで経験したことのない、交通事故というアクシデント。  
 慌てて、
「どうしよう、どうしよう」
とつぶやいて、妻は車から降りて、うごめくもののところへ恐る恐る歩いて行った。

「いってぇ」
という声に
「ひっ」
と妻は思わず声に出し後ずさりする。そして恐る恐る
「だ、だいじょうぶですか」
と、自分の声を振り絞る。すると
「大丈夫なわけねぇだろ」
という尖った声が返ってき、妻は一瞬で凍りついてしまった。声の主である男性は、自転車と共に倒れたまま、巻き舌でまくし立ててきた。

 妻が一番関わりたくない部類の「ひと」。それがどうやら、今回の相手のようだった。
「痛いやんけ、どうしてくれんねん。ぶつかったやないか。自転車も傷だらけや。ほんま、どないしてくれんねん」
 妻は一気に圧倒されてしまって、咄嗟に
「すみません」
と謝った。
 相手はさらに何か言っている。しかし妻は「すみません」と言って頭を下げながら、大混乱だ。
 妻はその中でなぜか『夫である福井に電話しないといけない』と思ったようだった。なぜその時にそう思ったのかはわからない。相手はまだ何か言い続けているが、妻は必死だった。

 スマホの待ち受けを、さっと点灯させショートカットキーとして以前に息子が画面に貼り付けていた夫の連絡先を押す。仕事中は自分の連絡が、夫の交通事故に繋がるといけないと思い、連絡を入れないようにしていた、その電話番号。


「でも、その時はそうしなければならない、と思ったのよ。」
 妻は一点を見つめて、そうつぶやいた。手にはスマートフォンを握りしめていたが、その手は小刻みに震えている。
 そして、妻は福井を見て、ぎこちない笑顔を作った。

 福井は、震えているその妻の手を、自分の両手でそっと包んだ。
 妻は驚いた表情をしている。福井はそれに構わず
「もう、大丈夫だ」
とゆっくりと言った。


 妻は、大きく息を吐く。
 そして、小さく2回、頷いた。


 福井の両手に妻の鼓動が伝わってきていた。

 
 福井はそのペースが落ち着くのを、待つことにした。



第4話に続く。



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