ジローの部屋

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【短編小説】 福井歳春の杞憂④

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こんにちは、ジローです。
いつもたくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!
おかげさまで、筆者はぼちぼちとこのブログを続けられています。


さて、今回は、引き続き短編小説の第4話となります。

過去のお話はこちら。

surrealsight.hatenablog.com
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後半戦が始まります。
では、どうぞ。
















 その時の妻は、福井に電話が繋がったことで、幾分自分を取り戻したようだった。
 しかし、まだ目の前の恐怖が去ったわけではない。


 夫が、場所を聞いてきたこと、警察に通報するみたいなこと、を言っていたことは憶えている。
 他にも何か言っていたかもしれないが、相手が大声で何かを言ってきていたため、よく聞き取れなかった。


 そして、電話が切れた。
 妻は『夫の言葉を信じるしかない』と思ったようだった。



 ちょうどその時、相手は態度を急に変えてきた。なぜか、こちらの心配をするような話をしてきたのだ。

「奥さん、これ人身事故やで、人身事故。わかるかい。罰金や免停になるよ」
「やっぱりな、ものの大きい車の方が悪くなるみたいよ。知り合いがひかれたことがあってな、その相手、ごっつい処分受けとったわ」
「警察で長い時間かけて取調べ受けてな、ほんま大変やで」

 妻はどんどんその状況を自分に置き換えて想像していく。
「そんなの困るわ、私大変なことしてしまったんだわ」
と、聞けば聞くほど取り返しがつかないことをしてしまったかのような気持ちになっていった。

 そして、相手は
「悪いことは言わん。奥さん、示談にしよか」
と言ってきだした。
 


「紀子!」
という声が聞こえた気がした。はっと顔を上げて辺りを見渡す。
 どこからだろうか。
 必死に探してみると、右手に持ち続けていた自分のスマートフォン
「紀子!」
と呼びかけている。


「お、とう、さん!?」
 妻は慌てて、スマホを耳に当てた。




 福井は急に妻から手を握り返されて、ビクッとなった。慌てて手を離して、目をそらす。
「あぁ」
という、ちょっと残念そうな妻の声。急に恥ずかしくなった福井は、妻の顔を見ることが出来ず
「そ、それで、それからどうなったんだ」
と、妻に先を促した。
 しかし妻はなかなか話し出さない。
 どうしたんだと思いながら、福井は妻の様子を少し見てみると、妻はまっすぐにこちらを見ていたので、福井はまた慌てて目を逸らした。

 まるで授業中の教室で、意中の人と偶然目が合ってしまったような気まずさ、だった。



 妻は、少し間を置いてから話し出した。
 なぜか話し出すときに、妻はまた少し口を尖らせているようにも聞こえたが、気のせいだったのかも知れない。

 福井の記憶では、確かパトカーのサイレンが鳴って、妻らの近くでとまり、中から人が2人降りてきて、妻の方へかけてきたように思う。
 警察に頼るのは本当はしたくない。しかし、事態からすると妻のためにはそれが最善。また、パトカーで警察官が2人来れば流石に相手もめちゃくちゃなことは言えないだろうと思った。
 そうなれば、とりあえず妻の身の安全は何とかなるだろう。
 あとは、その後の話を自分が出てやれば、上手く収められるんじゃないだろうか。


 妻の話では、案の定、パトカーがサイレンを鳴らしてやってきたらしい。パトカーから降りて自分の方へ駆けてくる制服の警察官は、妻には救世主のように見えたようだった。

 妻らは2人の警察官によって、別々に事情聴取を受けることになった。相手の男はしきりに
「呼んでもないのに来やがって」
「邪魔すんなや」
「お前らがくるとややこしいんや」
「ええから、帰れ。もう示談で終わるんや」
と悪態をついている。

 妻は相手の大声が聞こえる度に、両手で耳を覆った。そのためか、妻の対応をしてくれた警察官は、大声を出している相手と妻の間に立ち、妻の様子を見ながら話を聞いてくれたようだった。


 三差路の交差点を直進しようとすると、左から自転車が曲がってきたこと。
『ぶつかる!』
と思って急ブレーキをかけたこと。
『ドサッ』という音がして、恐る恐るドアミラーを見ると黒いかたまりが倒れていたこと。
 そこから少しパニックになってしまい、相手を怒らせてしまったこと。


 妻はこれらを思い出しながら、涙を溜めて説明した。
「なるほど」
と言って、妻の事情聴取にあたった若いパトカーの警察官は納得する。そして、妻の車を確認し出した。

「だから言ってんだろ」
 向こうから相手の大声が聞こえた。車を見終えたのか、その妻の応対をした警察官は妻に断りを入れて相手の男の方へ駆けていったようだった。



「警察が来てくれて助かったわ。私一人だけなら、本当にどうなっていたかわからないもの。だってね、・・・」
 妻は少し前の内容に戻って、混乱したときの様子を説明している。福井は正直、ここからどういう風に話が収まるのか、想像がつかなかった。
 妻の話はまた先程のパトカーの若い警察官のくだりまで戻ってきた。
「それでね、さっきのおまわりさんが戻ってきたのよ」



 相手のところに行っていた、先程の若い警察官が戻ってきたようだった。
「今から交通課が臨場します」
と、その若い警察官は言ったらしい。

 意味がわからなかった妻の様子を見かねたのか、若い警察官は説明をしてくれた。どうやら、もう一度別の警察官に事故の状況を説明しないといけないようだ。
 妻は、何度聞かれても同じことしか説明できない、と思った。


 ほどなくして、ワンボックスタイプのパトカーがやって来た。今度のパトカーはサイレンを鳴らしてはいない。
 
 そして、そのパトカーの運転席から背の高い警察官が、助手席から中年の警察官が降りてき、背の高い方の警察官が
「お待たせしました」
と言って、名乗ってきた。


 A警察署交通課、雨宮淳一朗。


 福井は『雨宮』という名前を聞いて、頭の中で過去の聞いた名前を思い返してみたが、思い当たる節はなかった。
 妻は
「その雨宮さんがね…」
と福井の脳内検索の結果を待たずして話を続けているので、福井はハッとした。
『危ない、大事なところだ、聞き逃してはいけない。』
 妻はさっきまでと打って変わって、なぜかテンポ良く話し出していた。福井は少し驚いたが、話がどんどん進んでいくので、質問を差し込む暇がない。




 雨宮という警察官は妻にけががあるか、と聞いてきた。
 妻は全くないということを答え
「でも相手のひとが」
と説明する。妻は視線を向こうの警察官と大声でやりとりしている相手に向けた。

「あの元気そうな方ですね」
と雨宮という警察官は言った。

 雨宮という警察官は一緒に来たもう一人の警察官に声をかけて、相手の方に行き、話をしだした。場所が少し離れているせいで何を言っているのかわからないが、相手は相変わらず大声で話している。
 相手は何か言いながらも、腕の服をまくったり、ズボンをたくし上げたりしていた。それをパシャッとフラッシュが光って写真を撮っている様子が見える。きっと、けがの状態を確認しているのだろう。
 
 相手はさっきまで対応していたパトカーの警察官には文句ばかり言っているように見えた。今度の雨宮という警察官にも散々悪態をついているようにも見える。
 しかし、雨宮という警察官は表情を変えず、淡々とやるべき仕事を進めているような、そんな感じに見えた。

 次に、雨宮という警察官は倒れている自転車を起こして、ハンドルを持ち上げてタイヤをまわしたり、ペダルをまわしたりしていた。相変わらず、妻には何をしゃべっているのかは聞こえない。
 
 雨宮という警察官は相手の自転車を押して、相手とこちらに歩いてきた。
 相手は
「時間がないんや、はよしてくれ。俺は被害者やぞ」
と言っている。
 雨宮という警察官は、続いて相手と妻に対して順番に運転状況の話を聞いていく。
 相手は
「そのへんでぶつかったんや、左手が痛いんや」
「むこうが突っ込んできたんやぞ、ごっついスピードや」
と大声で説明し、雨宮という警察官は道路にチョークでマークしながら説明を聞いている。
 妻はさっきの若い警察官にした説明を、もう一度雨宮という警察官にした。雨宮という警察官はやはりチョークでマークしながら説明を受け
「なるほど」
と答えた。


 そして、一言
「かみ合わないですね」
と雨宮という警察官がつぶやいた。
 相手がその一言に憤慨する。
 妻は思わず後ずさりしてしまった。



「えーっ!!私の説明おかしかった?どうしよ、でももう説明のしようがないのに、と私は思ったのよ」
と言いながら妻は頭を抱えてその時の様子を説明している。
「私ね、何か説明を間違えちゃったのかと思ってね、焦ってしまって。そしたらね、雨宮さんがいきなり
『土井さん!』
って」

 福井は妻がいきなりトーンとボリュームを変えて話したので、ビクッとした。妻はその様子を見て
「そうそう。私もそうなったのよ」
と続ける。

「雨宮さんが急に相手の名前を呼んだみたいでね、さっきまで穏やかな表情だったのにその名前を呼んだときだけ、なんか空気が変わったのよ。私もビクッとして、相手の人も同じようにビクッとしてたわ」
「そして私に背を向けて、『ちょっと、あちらに』と言って、相手の人とまた離れたの」


 妻からは、やはり二人が何と言っているのかわからない。
 ただ、さっきまで大声を出していた相手はなんだか声のトーンが落ちていっている。


 妻はしばらく遠目にその様子を眺めていた。隣にパトカーの若い警察官がいたが、彼もその様子をながめている。 
 そして相手はまた雨宮という警察官と一緒に妻のいる場まで戻ってきた。


 さっきは悪態をつきながら渋々こちらに来た相手のひと。
 それが、頭をかきながら
「奥さん、えらいすいませんなぁ。ケガもたいしたことないですわ。ちょっとわし急いでるよって、示談もなしでいきましょか。連絡先も聞きませんわ」
と言ってきたから、妻はまたビックリした。



「それがね、ほんとにね、もう別人なのよ。なんていうか、トイレ行きたくて我慢してて、もういいからいきますわ、みたいな感じでね。」
「さっきまであれだけ怒ってたひとがよ、おとうさん。わかる?」
 妻は興奮気味に話している。初めの様子はこんなのだったのに、という話をそれから3回は繰り返した。福井は、次の展開の説明を待ちながら、適当に相づちを打つ。

「わかる?おとうさん。それで雨宮さんがね、私と交番行くって言い出して」



 雨宮という警察官は
「こちらの方はこれから交番で引き続き事情聴取します」
と相手に伝えた。相手は
「チッ」
と舌打ちして
勝手にしやがれ
と言って、普通に自転車を持ち上げて、跨がり、こいで行ってしまった。

 妻は、
『まだ話があるんだわ、やっぱり処分があるのかしら』
と考えて落ち込み、指示されたように雨宮という警察官が運転するパトカーについて自分の車を走らせていった。

 パトカーは大通りを目指して赤いランプを光らせながらゆっくりと進んでいく。妻は適度な車間距離を空けてこれについていく。

 大通りに出る前にパトカーが信号で停止した。妻もそれに続いて停まる。その交差点には、細い路地が脇道となって妻から見て左側につながり、ちょうど五差路になっていた。
 妻は一時停止した際に何気にその脇道を見た。
 すると、交差点から離れた少し奥まった位置にさっきの自転車の相手がいた。歯を食いしばって、こちら方向を睨んでいた。妻はさっと目をそらしたが、なんとなく自分とは目が合わなかったように思って、おそるおそるもう一度相手を見た。
 よく見ると相手の視線は妻ではなくて、少し前、つまりパトカーの方を向いていた。
 妻は目線を前に戻す。ちょうど信号が青に変わったようでパトカーが発進して右折していった。妻は慌てて指示器を出して続いて右折していく。

『左折して少し進んだ道沿いに交番があるのに、どこにいくんだろう』
と思いながら。


第5話に続く。



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