ジローの部屋

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【短編小説】 福井歳春の杞憂⑤

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。
こんにちは、ジローです。
いつもたくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!
おかげさまで、筆者はぼちぼちとこのブログを続けられています。


さて、今回も短編小説の続編を。
とうとう、本作も佳境を迎えました。
6話ものの第5話に突入します。

これまでのお話はこちら。
surrealsight.hatenablog.com
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では、第5話をどうぞ。







 先を走るパトカーが交番に着き、妻は自分の車を駐車場に駐めて、憂鬱な心境で交番のドアを開けた。中に入ると既にパイプイスが用意されていて、そこに腰掛けるように促される。
 妻はため息をつき、手荷物を膝に乗せながら腰掛けた。クッション性のほとんどないイスは憂鬱な気分を増長させる。
 雨宮という警察官は、帽子と手袋とを机上に置いて妻に話し出した。
「長時間かかりまして、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、ご迷惑をおかけしました」
と妻は社交辞令的に応えた。雨宮という警察官は、妻に
「もうすぐ終わりですので。特に今回のことでは福井さんに処分はありません。お帰りいただけます。ただ、今後安全運転のお約束だけはお願いします。」
と言った。妻は瞬きをして、
「処分、ないのですか?」
と聞き直した。
 全然違うことを言われるだろうと想像していた妻はハトが豆鉄砲をくらったかのように、拍子抜けする。雨宮という警察官は
「ありません。ここまでお連れしてすみませんでした。現場で終わることも出来たのですが、立ち話も何ですので交番までご足労いただきました。ところで、ご家族が心配されているのでは」
と続けたので、妻はハッとし福井のことを思い出したようだった。
「ちょっと、おとうさんに電話します」
と言って妻は交番から電話した。それがあの
「今○○交番にいるの」という電話だったらしい。


 福井は、ここでつながるのかと納得した。しかし、その雨宮という警察官の話はこれだけだろうか。

「おとうさんに電話した後ね、雨宮さんが教えてくれたのよ」
 妻の話は福井の疑問に答えるように、また始まっていく。



 夫と話をし、だいぶ緊張が解けた妻に雨宮という警察官は話し出した。
「福井さん、ちょっと大事な話をします。」
「あ、はい」
と、妻はかしこまった。
「さっきの事故の相手の方ですが、あの人はおそらく『当たり屋』です。『当たり屋』ってわかりますか。」


「え、ええ~!!」
と声を出し、当時の再現をしている妻はその時の気持ちを現した。ただ、妻が言うにはその時は驚きすぎて目を見開いただけだったらしい。
 

 雨宮という警察官は、続けて説明していった。

 狭い道。
 相手を恫喝する。
 急に態度を変えて心配するようなそぶりをみせる。
 事故を起こした運転手の処分についてやけに詳しい。
 示談で収めようと提案する。
 警察や保険会社は通そうとしない。

 雨宮という警察官は当たり屋の特徴についてゆっくりと説明し、妻はそれを思い出しては頷いた。
「こういう傾向があるんですけど、どうでしたか」
 妻は首を縦にしか振っていない。雨宮という警察官は
「他には、男性が仕掛けてくることが多い、ターゲットとなるのは女性が多いですかね」
と言っている。

 妻は、恐る恐る聞いてみた。
「もし、その話に乗っていたらどうなっているんですか」
「そうですね、持ち合わせがあるか聞いてくるでしょうね。ないというケースが多いですけど、そこで渡してしまう方もいらっしゃいます。後はコンビニとか銀行に誘導されて下ろすように言われたりしています。そして、1回で終わらないんですよ。連絡先を伝えたら、何度も連絡がかかってきます。その都度、何かが壊れた、頭が痛いから薬を買いたい、病院に行きたい、とかの話をしてエスカレートしていく傾向にあります」
 妻は、自分がもしそのような状態になったらというところを考え、ぞっとした。

「おとうさんが警察を呼んでくれなかったら…」
と思わずつぶやく。雨宮という警察官は
「そうでしたか、ご主人がすぐに通報して下さったんですね。それは本当に懸命な判断です」
と言っている。




 話が進まなくなった。あれ、と思って妻を見ると、妻はまたこちらを見つめている。福井は気恥ずかしくなって目をそらし
「あんな状況なら誰だってするだろ」
と答えた。





「今回、パトカーの警察官も違和感を感じて私たち交通課に連絡をくれました。私はたまたま近くで別の仕事をしていたので、わりとすぐに現場に来れたのです」
「今回の福井さんの相手は、絶妙なタイミングであなたの車に近づいてきたようですね。ただ、当然と言えば当然なんですけど、お二人の話は状況が合わなかった」
「だから『かみ合わない』って言われたのですか」
「そうですね、それで福井さんの相手の様子を試しました。後は御覧のとおりです」


「雨宮さんはね、こんな風に言ってたの。あの人、すごい文句を言われながら、たくさん考えていたのね、私、感心してしまって」
「そりゃあ、警察やからな、ちゃんと仕事してもらわないとな」

「歳春さん!」
 急に名前を呼ばれた福井は、思わず背筋を伸ばしてしまった。

「人をそういう風に悪く言うもんじゃありません!」

 妻の目は、真剣そのもの、だった。



 
 そういう感じで妻は、雨宮という警察官から話をされ、そして、相手にもう一度会ったときはどうしたらいいか、今後似たようなことがあったときはどうしたらいいか、ということの説明を受けたようだった。 

「ありがとうございました」
と言って妻は立ち上がる。

 雨宮という警察官は、妻の帰り際
「ご主人、とても奥様思いな方ですね。よろしくお伝え下さい」



「って言ってたのよ、それでもまだこの方を悪く言うつもりかしら」
と妻はこちらに顔を近づけて言ってくる。

 福井はなぜか形勢が逆転しているような気がした。福井はタジタジになりながら
「お、おう。警察にもまともなヤツがいるもんだな」
と言うと、妻は
「歳春さん!」
と、もう一度ピシャリと言う。福井はもう一度背筋をピンと伸ばす。


『ここは、話題を変えなくてはならない。』
 福井は何か別の話題がないか慌てて考える。

 そして、取り繕うように
「そうだ、腹減ったから何かつくってくれよ」
と言った。
 妻は、完全に呆れた顔をしている。そして
「はいはい、お腹すくのって思い出すものなのね」
と言いながら、立ち上がってキッチンの方へ歩き出した。





 次の当務の休憩時間に、福井は仲間に
「休憩に入る」
と声をかけてから、A警察署に赴いた。普段なら自分から絶対に行こうとは思わない場所。
 受付で
「交通課の雨宮さん、お願いします」
と言って、ソファに座って待つことにした。


 警察署の中はいつ来ても薄暗い。もう少し明るくすれば印象も変わるだろうに。

 しばらくして、背の高い警察官が現れて何人かいる来訪者を見てキョロキョロとし、その後まっすぐにこちらに向かってきた。

 歳は30位だろうか、眼は刑事のように鋭くはない。

「すみません」
と福井は声をかけた。
「あ、福井さんですか。初めまして」
 雨宮という警察官は、笑顔を作りそう言って頭を下げてきた。福井はいきなり頭を下げられたので慌ててしまい
「あ、いや、あの。せ、先日は、妻がお世話になりました。お、おかげさまでだまされずに済んだと聞きまして」
「いやいや、私は普通に仕事をしたまで、ですので。ご主人がすぐに状況を理解されて警察に通報されたと奥様から伺いました。今回は、そのご判断が奥様を救われた、と私は感じています」
と言ってまた一礼してきた。
 福井も慌てて頭を下げる。

「ここは人目もありますので、こちらへ」
と言って、雨宮という警察官は福井を奥の方へ案内し、そこの長椅子に腰掛けるように言ってきた。

 福井は、雨宮という警察官と並んで腰掛ける。
 少し、沈黙があった。
 そして、雨宮という警察官は
「実は、ご主人がそろそろお見えになるんじゃないかと思っていました」
と言った。福井は
「えっ。どういうことですか」
と聞き直す。雨宮という警察官は
「なんとなくです。ただなんとなくそんな気がしていたのです。」
 雨宮という警察官は少し嬉しそうな表情だ。福井は、これまでの経験とは違った雰囲気を醸し出すこの雨宮という警察官が掴めず、混乱した。


『長居は無用だ。』


 福井は気を取り直し、そう思って
「お忙しいところありがとうございました。一言お礼を伝えたかったのです。それが筋ってものですので」
とお辞儀をし
「では、これで失礼します」
と言って、反転した。


 福井が数歩進んだところで

「十年位前でしょうか、管内で被害者が重傷の交通事故がありました。」

という声が福井の背中を呼び止めた。


 声は福井の動きを確認するかのようにして、続いていく。


「その事故は、信号のある交差点での車と自転車の出会い頭の事故でした。自転車の運転手は長らく意識不明でしたが奇跡的に一命を取り留めたようでした。」

「信号の交差点での出会い頭事故は、どちらかが、若しくはどちらもが赤信号しかあり得ないものです。車の運転手は残念ながら信号を見落としていた。」

「まだ今ほどたくさんの防犯カメラがあるときではなく、ドライブレコーダーも出だした頃です。その車はドライブレコーダーがあったのですが、そんなときに限って録画が出来ていませんでした。」

「その車は会社の車でした。その事故を起こした運転手は飛び抜けた営業成績を上げているわけではないが、実直でそれまで違反もしたことがなく、自分から起こした事故もない。またお客さんから非常に評判がよく、人当たりがとても良い。」


「え、それって」
福井は目を見開いて振り返り、雨宮という警察官を見ながら、過去の記憶を検索しだした。どこかで聞いたような、知っている


「その運転手は逮捕されました。赤信号無視の疑いで。ただ当時の担当者も、その運転手が本当に信号無視をしたのかどうか、という点について一抹の疑問を持っていたようでした。だから、事故があった同じ時間帯に何日も現場に赴いて歩き回り、聞き込みをしたり、防犯カメラを探したりしたようでした。」
「しかし残念ながら、事故を見たり、事故の前後に通りがかったという目撃者や通行人は現れなかった。事故を起こした運転手に聞いても、一番最初に来てくれたのはバイクに乗った警察官だった、ということでした。」


「担当者は何度も運転手に事故状況を確認したようです。途中で青だったと言う人もいますが、その運転手は『見落としていた』と説明し続けました。担当者がその運転手の人となりを調べていっても、嘘をつかないまっすぐな人間としか出てこない。担当者自身も自分の目で見て、運転手の性格は調べたとおりだと思いました。
 被害者は意識が戻らず、真相はわかりません。信号を見落としたという運転手の話を元に、その事故は送検されたようでした」


『西園寺…』
福井はうつむき、拳をぐっと握り込んだ。またあの悔しさが蘇ってきた。ただ、なぜこのタイミングで雨宮という警察官がこの話を蒸し返したのかはわからないが。


「私たちはある事件の犯人を捜していました。なかなか計画的な犯人で犯行場所を事前に点検し、ドライブレコーダーにもまともに顔が写らないように工夫をしていたので、なかなか犯人像が出ても、それが誰なのかまではたどり着けておりませんでした。」

「しかし、とうとうその犯人と接触することができました。それはあなたの対応のおかげなのです。そして、先日その犯人を逮捕することができました。」

「おかげ!?」
 福井は復唱するが、雨宮という警察官はそれに頷いただけだった。


「その犯人は、私にとって非常に興味深い話をしていました。」


「犯人は犯行の動機について、過去のある交通事故の体験が忘れられなかったと言っていました。その犯人は長い間、生死の境をさまよい、1年ほど経って奇跡的に意識を取り戻したようでした。その犯人は涙を流して喜ぶ家族から、自分の置かれた状況の説明を受けました。」

「その犯人には遠くなった記憶がありました。そして、その犯人が受けた説明は、自分にとってとても都合の良いものでした。」

「だから、その犯人は記憶がない、ふりをした。」


 肌が、びりびりと緊張している。
 福井は両眼を見開き、視界の中央に雨宮という警察官を捉えた。
 声が、喉に、ひっかかる。
 

「ま、まさか・・・」



「そうです、福井さん。そのまさか、なんです」


最終話に続く。


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