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こんにちは、ジローです。
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さて、今回は、久しぶりの短編小説再開です。
では、第1話をどうぞ。
ビー、ビー、ビー、ビー、ビー。
警報音が無線機から響き渡る。甲高い緊急配備指令を予告する、この音。
本部から、A署。
A署です、どうぞ。
重軽傷不明なるも、ひき逃げ事件の発生!
発生は入電の五分前。
場所にあっては…
「やれやれ、まだ帰らせてくれないな。」
と相勤者がつぶやく。その日は朝からすでに4件の現場に臨場している。昼食もまだとれていない。
「これ、うちですよ」
と言って雨宮淳一朗は無線のボリュームを回した。
車と自転車の事故で、車が逃走。自転車の女子高生が負傷のようだ。
「近いですね、現場はだいたいわかります。以前交番にいたときに受け持ちの地域でしたから」
雨宮はそう言うと、交差点をUターンして、本署とは反対方向へ車を向かわせた。
しばらくすると、情報が無線に流れてきた。
無線はボリュームを上げたせいで、やや音割れしている。無線は、本部が情報を整理して、パトカーに検索エリアを指示していた。
雨宮は、A署交通課の交通捜査係。
彼の仕事は、交通事故に絡む事件を担当し、現場に行って現場検証から、取調べ、送検を、ひき逃げであれば犯人の特定、検挙、取調べ、送検までの一切の捜査を行うこと。
裏を返すと、逃走中の犯人の車を検索中のパトカーなどが見つけない限り、ひき逃げ犯人が捕まるかどうかは雨宮個人にかかってくる。その責任は、軽くはない。
現場はすでに規制がなされていた。パトカーは赤色灯の昇降機を上げて、停車している。野次馬とおぼしき付近住民のような人達が、規制線の外に並んでいた。
交番の警察官が規制のテープを外して、雨宮達のワンボックスのパトカーを誘導する。雨宮の相勤者は、パトカーの上部の電光表示を点灯させた。
雨宮は、
「中西さん、写真お願いします。自分は見分しますんで。」
と声をかけ、
「了解」
という声が背中から聞こえる。そして雨宮は、こちらへ合図をしているパトカー勤務員のところへ、かけていった。
現場ではすでに救急隊が、被害者の女子高生を収容し総合病院に向けて出発していた。
救急隊からの聞き取りでは、被害者は足から出血があり、膝の曲げ伸ばしができない、とのこと。
さらに、目撃者を1名確保した、とのことだった。ただ、その目撃者は子ども。報告をしてきたパトカーの警察官は、
「あんまり期待できないよ」
と雨宮に耳打ちした。
雨宮は、母親らしき女性とその影に隠れている子どもに、簡単に挨拶をし、捜査協力に対するお礼を伝え、もう少し協力してほしいとお願いし現場の点検を行った。
目撃者と言えども人間だ。記憶は完全ではないし、間違うこともある。悪意をもって目撃者を装う輩もいるし、突然のことで自分の中で整理できず上手く説明出来ない人もいる。
だから、まず雨宮は自分の目で現場を確かめる。そうして、現場に残された事実を確認し、人の話を聞く。そうすれば、大きく道を踏み外すことはない。
女子高生が乗っていた自転車は、前部の変形がひどかった。
ハンドルをまっすぐに持ってみると、前輪がまっすぐにならず、左方向へ斜め向き、車体のフレームに前輪の泥よけがぶつかってしまっている。
右ハンドルの先は荒い面で消しゴムを擦ったかのようにざらざらになり、前かごには白い塗料が付着しして削れ、自転車の荷台の右側にも同様に白い塗料がついている。
一方左側はというと、特に目立った傷は認められない。
相勤者はその様子を一枚ずつ写真を撮っていた。
次に雨宮は現場を確認する。
先着のパトカー勤務員がテープで現場保存していた場所には、小さな血の跡が認められた。そして、そこから範囲を拡げながら観察していくと、路面を何かひっかいたような痕がついており、その近くにチョークで縁取った自転車の形。
雨宮は、「出会い頭にぶつかった。逃げた車には左側面に傷がある」と独り言のようにつぶやいた。 先着のパトカー勤務員は、女子高生は「右から来た車とぶつかった」と話していたと説明する。
現場の交差点は変形した十字路だった。交差点を中心に南北に広めの道が走り、東西のやや狭い道が交差している。
そして、交差点から東側の道路は南北の道路に直角に交わっているが、西側の道路は何姿勢から北東方向へ向かって延びて交差点の中心に交わっている。女子高生の通う高校は、この変形した西側の道路を西へ進んでいくとある。
この交差点、北西側は田んぼが広がっているが、南西側は塀の高い民家があった。つまり、女子高生が走ってきた道は、右方向への見通しが非常に悪い。
それは、裏を返せば南北道路の北行き車両からは、左方向の見通しが非常に悪いことを意味する。そのため、道幅の狭い道路には、一時停止の止まれの表示と標識が掲げられていた。
雨宮は現場観察を終えると目撃者の元へかけていく。パトカーの勤務員が、「期待できない」と言っていた目撃者の少年は、母親と一緒にいる。そして、こちらが近づいてくることに気付き、母親の後ろにさっと回った。
小学校の中学年ぐらいだろうか。
雨宮は、以前の自分であれば、「期待できない」を鵜呑みにしていたかも知れない、と思う。ただ、現在(いま)はあの時とは違うはずだ。
雨宮は静かに膝をついた。
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あの日、雨宮は当直だった。
交番から新しい係に配属され、約半年が経っていた。その新しい係では、日々起こる交通事故を文字通り捌かなければならなかった。簡単な事故は、「処理」出来るようになった。
しかし、まだその程度、だ。
当直で受理した交通事故に関しては、その当直員が対応する。
その日雨宮は、先ほど発生した事故に向かっていたのだった。その事故は、車と歩行者の事故で、歩行者の高齢男性の意識がない。もしかしたら亡くなってしまうかもしれない、交通事故だった。
現場に到着すると、雨宮は当事者を探した。運転手は若い男性。やや、ちゃらけた感じがある。雨宮が声をかけると、
「なんや、ポリ」
と返ってきた。雨宮は腹が立つ思いを抑えながら状況を聞くが
「相手が飛び出してきた」
と、運転手はまるでよけようがなかったかのような言い方だ。
雨宮は、彼が運転していた車を確認すると、左前のライトが押し込まれ、ボンネットは凹み、フロントガラスに蜘蛛の巣状の割れがあり、それがフロンガラスの枠部分となるピラー部分を中心に半円状に広がっていた。
これが意味すること。
車の非常に硬い鉄の部分で、被害者は強い衝撃を受けている、ということ。
雨宮は、他に目撃者がいないか周囲を見渡した。警察官と消防関係者以外は、めぼしい“大人”がいない。規制線の外に集まっている大人達は、事故の後から、何が起こったのかと興味本位で集まってきた人ばかりだった。
現場の道路には、事故をした車の少し手前に横断歩道があった。その横断歩道の反対側に、小学生くらいの少年が立っていた。
雨宮はなんとなく気になったので、その少年のところに行ってみた。背中から、さっきの車の運転手が
「だからよけられなかったんだって、飛び出しやで、飛び出し」
という声が聞こえる。その少年は、なぜか手を握り、身体を震わせて一点を見つめていた。
雨宮は立ったまま
「ボク、何か事故のこと知ってるか」
と聞いてみたが、少年は無言。雨宮は首をかしげたが、何せ今は早く状況を確定させていかなければならない。声をかけるんじゃなかったと思って、横断歩道を渡って文句を言っている運転手の方へ戻ろうとした。
その時
「あの」
という声が後ろから聞こえた、気がした。そう、気がした。
雨宮は立ち止まって振り返る。
すると、さっきの少年が一歩前に踏み出していた。
「何、急いでるんやけど」雨宮は何気なくそういうと、少年は
「え、あ」と声が詰まった。
そして
「やっぱりなんでもないです」
と答えた。雨宮は、もう一度首をかしげた。
「なんべん言わすねん」
後ろから荒げた声が聞こえる。雨宮はきびすを返して、わめいている運転手の方へかけていった。
現場の道路は、片側1車線の直線道路。
両脇の歩道は道幅が広く、車側から歩道への見通しはいい。そこに、信号はないけれど先ほど雨宮が渡った、横断歩道があった。
車の運転手が説明する事故の状況は、こうだ。
相手は急に飛び出してきた。
横断歩道なんて渡っていなかった。
だった。
雨宮は一応、防犯カメラを探してみたが、その場所にはなにもない。車の運転手は逮捕され警察署へ連行されていく。雨宮もひととおりの現場検証を終えて、パトカーに乗り込み、Uターンして先ほどの横断歩道を通って署へ戻ろうとした。
その時、横断歩道の近くに少年が立っていた。
よく見るとさっきの少年だ。雨宮はパトカーを一時停止させるが、彼は渡るそぶりはなかった。
本署に戻ると、雨宮は上司の交通課長に状況を報告した。
当事者は飛び出しだと言っていること。腹立たしい態度を取っていること。目撃者がいないこと。防犯カメラもないこと。
交通課長は
「本当に周囲に目撃者はいなかったのか」
と質問してきた。雨宮は
「野次馬ばかりでした。あ、他には小学生くらいの少年がいたので、一応話をしましたが何も言いませんでした。」
と答えた。
交通課長は、机に肘をつき、前のめりになって両手を組み合わせている。そして
「本当に何も言わなかったのか」
と、もう一度雨宮に尋ねた。雨宮は少し戸惑って、思い出してみた。そう言えば呼び止められたような…。その話を雨宮は交通課長に話してみる。
交通課長は、静かに立ち上がった。
「雨宮、連れてこられた奴の手続きは他の者に任せろ。行くぞ。」
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第2話に続く。
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