ジローの部屋

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【短編小説】 雨宮淳一朗の事情②

さて、単刀直入に。
今回は、短編小説の続編です。
これまでのお話はこちら↓
surrealsight.hatenablog.com

では、第2話をどうぞ。






「え、行くぞって」
 不意を打たれた雨宮は戸惑ったが、自分と課長がでるということは、あそこに行くということ。
「すぐに表にまわしてきます」
 雨宮は帽子をかぶり直して、キーを持って課室を出て行く。車を正面玄関前にまわすと、交通課長が現れ助手席に乗り込んだ。
「気をつけて行ってくれ」
交通課長は、一言そう言うと腕組みをして前を向いた。雨宮は赤色灯を点灯させて、発進する。

 道中、交通課長は何も話さない。雨宮は運転に集中して、先程の現場へと車を走らせる。

 雨宮は現場に到着すると、パトカーを事故を起こした車両が止まった位置に合わせて駐めた。雨宮はなんとなく、そうした方がいいような気がした。

 交通課長は紙袋を持って車から降りていった。
「そう言えばさっき車に乗り込むときに持っていたな。」
雨宮は特に気にもしていなかったが、課長はそれをもって横断歩道へ向かっている。そして、そこで紙袋をごそごそとした。

 紙袋から取り出した物は、一足のスニーカーだった。そして、雨宮に対し
「しばらく道路に出るから、交通整理をしてくれ」
と頼んできた。
 雨宮は、半身になり、課長の様子と車道から車が来ないかを交互に見渡した。
雨宮もそのスニーカーのことを知っている。被害者が履いていたスニーカーだからだ。
ただ、そのスニーカーはあさっての方向へ転がっていたのだった。
 スニーカーは黒色が主体の物だった。比較的新しい感じで、破れたり汚れたりもしていなかった。
 課長はちょうど右足用のスニーカーに右手を突っ込んでいる。
そして横断歩道の白線の上で、白線の埃をその靴で拭い去るように右手を大きく左に払う行為を何度かやっていた。
「なるほどな」
と課長がつぶやいた気がした。雨宮が振り返ると、
「もういいぞ」
と交通整理をやめるように言ってきた。


 現場の道路は、南北に走っている。
道を挟んで被害者は西から東へ横断しようとし、南から北方向へ進んできた車と衝突した。道路の東側には小さな公園がある。課長はその公園に向かって歩き出した。

 公園の中には、何組かの親子連れがいた。その中の一人がこちらの方を見ている。交通課長はその子の方に向かって歩いていった。
 課長はその子に近づくと軽く敬礼をして、膝を折ってしゃがみ込んだ。雨宮も課長が何やら話し出しそうだったので、そちらにかけていく。
 そして、雨宮は途中で、あっ、と息をのんだ。課長の目の前にいる子は、雨宮がさきほど現場で話しかけた少年その人だったのだ。

 課長は
「こんにちは」
と話しかけると、少年は
「おまわりさん、何しているの」
と聞いてきた。
 課長は
「さっきそこの道路で大きな事故があってね。おじいさんがはねられたみたいなんだ。」
と言った。
 課長の表情は、とても悲しそうだ。そして、課長は
「どうも、おじいさん横断歩道を歩いているときにはねられたみたいで、気の毒でね」
と言った。
「え、横断歩道!?」と雨宮はびっくりした。
 少年もなぜか驚いていて
「車の運転手さん、飛び出しだって叫んでたよ」と言う。
 課長は、
「うーん、多分その人が言っていることは違うと思うなぁ、おじいさんは横断歩道を歩いていたと思うよ」
と応えた。

 少年は両手を握り、少しうつむいた。よく見ると彼の身体が小刻みに震えている。課長はその様子を見守っていた。なぜか、次の言葉を発しない。

 雨宮には、数秒が長く感じられた。そして、少年は顔を上げてこういった。

「おじいさんは、川端さんは、横断歩道を渡ろうとしていたんだ!!」

 彼の目は潤み、大粒の涙が頬を流れていく。そして、その言葉は雨宮の身体を打ち抜くには十分な衝撃を持っていた。

 少年は時々嗚咽しながら、言葉を振り絞っていく。
「僕は反対側にいて・・・。
おじいさんは、川端さんは・・・。
僕の行っている学校のバラ園のお世話をしてくれてるんだ。
僕はあの時、たまたま道路の反対側に川端さんがいるのを見つけて、嬉しくって「おーい」って手を振ったら、川端さんが気付いてくれて・・・。


川端さん、その場で周りを見て「あそこ渡って、そっちいくわな」って僕に言ってきて・・・。
それで僕も横断歩道の方に歩いて行ったんだけど、向こうから速い車が来ていて・・・。
でも、川端さん、横断歩道に近づいたから、車来てるから・・・。」

「僕は、僕は・・・。」
「危ないって・・・」
「言ったん・・・」
「言ったんだけど」

少年は嗚咽しながら、手を握って必死に耐えている。
彼の両目は容量を超えた大粒の涙が、みるみる膨れてはあふれ出し、あふれてはみるみ膨れ上がって行く。


 課長は
「わかった、もういいよ」
と言って、膝をついて少年を抱き寄せた。

 彼は課長の胸の中で、大声で泣いた。
 彼は何度も「僕は」と言っては言葉に詰まり、課長はその背中をさすっている。課長の表情は、見えない。ただ、時折腕で眼のあたりを擦っていた。

 少年の鳴き声がだんだんと小さくなっていく。
 そして
「助けたかった」
と小さな声でつぶやいた。課長は
「そうだな、助けたかったな」
と言った。




やがて、課長は胸から彼を離し、両手で両肩を持って
「がんばって話してくれたんだな、ありがとうな」と言って、少年の頭をなでた。
 少年の後ろには、その一部始終を見ていた少年の母親らしき人物が自転車を抱えて、両目を赤く腫らして立っていた。



 課長は、今度その母親と少し話し出す。ただ、雨宮はその様子をほとんど憶えていない。頭の中は、さっきの少年の言葉が繰り返されて、呆然と立ち尽くしていたのだった。

 しばらくして
「帰るぞ」
と課長に声をかけられて、雨宮ははっと我に返った。とっさに、雨宮は
「すみません」
と言ったが、後の言葉が続かない。
 二人はパトカーに乗り込んだ。シートベルトを締めて、雨宮がサイドブレーキを持とうとしたとき、課長はこう言った。

「なぁ、雨宮。事務処理、残務処理、事故処理。なんでみんな、処理なんだ」
「俺はこの処理ってのが嫌いでな。俺達の仕事はゴミじゃないだろう。」
「俺達は基本的に自分が見ていない現場に行く。そこでああだこうだと言うわけだ。見てもないのに。なんでそんなこと言えるんだ?」
「現場にはな、『声』がある。物を言わない壊れた車にも、路面についた靴の痕にも、見ている人にも『声』がある。
それをな、くんでやることができたり、聴くことが出来たりしたら、一人前の捜査員だと、俺は思うんだよな。」


 雨宮は呆然とした。
 課長のこの言葉はもしかしたら今までに聞いていたのかもしれない。
しかし、今ならその『声』がなんなのか、わかる気がした。



「署に戻るぞ、一人本当の話をしていないやつがいるだろう。
そいつの『声』を聞くのが、おまえの次の仕事だ」




あの時の話は、今でも思い出す。
雨宮の、捜査員としての、大事な原点だから。




目撃者の少年の名前は、増本良平。

彼は母親の後ろで、母親のズボンの裾を持っている。

少年の母親は、増本優芽。彼女がこの事故の通報者だった。彼女は二人の子どもがいる、小柄な女性。彼女も少し構えているように見えた。確かに普段の生活で頻繁に110番通報することなんてないはずだ。先程挨拶したが、文句も言わずに捜査に協力してくれており、話し方も丁寧だった。
 きっと優しい母親なんだろう。
 夕方の忙しいこの時間に長々と協力してくれているので、本当に申し訳ない気持ちになる。


 雨宮は増本良平の様子を見て、少し考えた。


 そして、やはり最初に一番伝えたいことを話そうと思って、しゃがんで膝をついた。

 母親は、こちらを気にするようなことを言ったが、雨宮は「おかまいなく」と言って、こちらの表情が少年に見えるように帽子を少し浅くかぶり直した。

「良平君だったね、ありがとうね、おまわりさん助かったよ。」

 母親の後ろにいる少年はキョトンとしている。雨宮はその様子に少し微笑み返す。少年の眼の奥に見える緊張の糸を解きほぐすように。


 そして、ゆっくりと続けた。


「突然のことでびっくりしたね・・・。」
と話してみた。血が出るということは、小さな子でもしっかりとケガという認識が生まれる。そして、かつて雨宮自身もそうであったように、小さな子には純粋な、彼らなりの正義感がある。だから
「おねえちゃんけがしているのに、ほったらかしにして許せないよね」
と雨宮は少年に言った。

 少年の眼がカッと見開いて、そして小さく頷いた。母親はじっと、自分の子どもの様子を見ている。そしてまた、少年は下を見た。


 大丈夫、この子はしっかりした強い子だ。



 雨宮は少し間を空ける。

「だからね。」

「良平君が見たことをおまわりさんに教えて欲しいんだ。」

「そのために…」

「ちょっとだけ、頑張れるかな?」

 雨宮は、少し表情を崩して、ジェスチャーを入れて、少年にお願いする。これからの作業のハードルを、彼がつくっているであろうハードルを、下げようとしたてみた。
 少年は雨宮の手を上目で少し見て目線を下に戻した。そうして、少年はうつむき加減から、ゆっくりと顔を上げる。
 その眼差しは、まっすぐにこちらに向かっていた。


 少年は、小さく
「うん」
とつぶやいた。

 雨宮は「ありがとう」と言って微笑みかけ、少年の肩をポンポンと叩いた。
 少年は、堰を切ったようにしゃべりだし、「お巡りさんこっち」と案内を始めた。



 少年が知った、見た話が、少年の『声』で動き出す。


 雨宮は母親に断りを入れて、少年を追いかけ、彼の話をつないでいった。母親は、ぽかんと口を開けて驚いた表情をしていた。少年の様子が、かなり意外だったのかも知れない。


 少年は、「ここでな・・・」とどんどん説明をはじめていく。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。」
心の中で独り言ちて、雨宮は少し苦笑いもしながら、話し出してくれたことが嬉しくもあった。
 そして、よくよく話を聞くと、この少年は逃げた車のナンバーも一部憶えていた。パトカーの警察官はそこまで話が聞けていなかったので、これは本当に助かる話だ。しかも、憶え方がいい。母親の誕生日と同じだった、とは。

 この事件はきっと捕まえられる。経験上、雨宮のこういう時の勘はすこぶる調子がいいのだった。

 
 一通りの措置が終わった後、雨宮は少年と母親に挨拶をした。雨宮は、少年のファインプレーがいかにすごかったか、ということを母親に伝えた。母親は驚きながら、どこかはにかみながら、雨宮の説明をまっすぐな眼差しで聴いていた。
 きっとこの母親なら、自分が引き上げた後にも、しっかりと誉めてくれるに違いない。


 さて、次の気がかりは・・・。
 雨宮は、救急車の向かった先を遠くに見た。



第3話に続く。

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