ジローの部屋

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【短編小説】 雨宮淳一朗の事情③

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。

こんにちは、ジローです。

さて、今回も短編小説。

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本日は、第3話。

では、どうぞ。






 女子高生のケガはどうだったんだろう。雨宮は総合病院へと車を走らせた。

 救急外来のベンチに、女子高生は座っていた。母親らしき女性がしきりに話しかけているが、あまり反応していない。女子高生のそばには、松葉杖が立てかけられている。その右足は固定され、白く大きな足になっていた。

 雨宮は、彼女に声をかけてみた。女子高生はこちらを向いたが、表情は変わらない。母親は恐縮した態度でこちらの応対をしている。
 女子高生は、篠原麻美。市内の高校2年生。荷物の様子からするとバスケットボール部のようだ。ギプスは膝の上まで巻いてある。やはりケガは膝か。またコートに立つには、相当な時間がかかるに違いない。ほとんど、反応のない彼女の様子が、ケガの深刻さを物語っている。

 雨宮はケガの状態を確認したが、話をするのは母親だ。途中、母親が今期はバスケができない、というような宣告を医師から受けたとつぶやいた。
 彼女は、そこにだけ反応した。ハンカチで顔を覆って、声なき声で泣いている。その様子だけで、バスケが彼女の生活のどれだけ占めているのか、どれだけ一生懸命にやってきたのかが覗える。
 彼女はまだ、けがを受け入れることができない。それは、当たり前の話だ。

 雨宮は彼女に事故の状況を確認したが、
「そう、右から」
「憶えてない」
と短い言葉しか返ってこない。

 その後は彼女の母親と話をした。母親は何度もため息をついて、言葉の端々に「なんでこんな目に遭わなければならないの」と嘆く。雨宮もその気持ちは十分に理解ができた。
「今は状況が整理出来ないかも知れません。ご不明点があればご連絡下さい。」
と最後に連絡先のメモを渡して、病院を後にした。


 一人の女子高生に『事件の被害者』としての役、その家族には『被害者の家族』としての役、が急に降りかかる。これは拒否もできないし、消えるわけでもない。だから雨宮は、できるだけ負担がかからないようにしたいと思っている。


 二人に挨拶をして別れ際
「麻美!大丈夫!?」
と言いながら走る女子高生とすれ違った。雨宮は振り返ると、彼女は被害者の女子高生に泣きながら声をかけている。篠原麻美は、今度は声を出して、泣いていた。



 雨宮は署に戻ると、完全に夜になっていた。
 買っていた昼食は、そのまま夕食というか夜食になった。さっと済ませて、現場に臨場した事件をまとめていく。本当はひき逃げ事件の犯人を一刻も早く捕まえたい。ただ、闇雲に探せるものでもない。検索はパトカーや交番の警察官に任せる。そして、状況を整理して、雨宮ならできるやり方を見つけようと思っている。

 そうしていると、卓上の電話がなった。「篠原さんから」という話のあと、外線がつながれる。被害者の母親から入院の手続きが終了したとの連絡だった。それに夫が病院に合流したらしく、詳しい状況を知りたい、と。
 雨宮は、父親に電話を変わってもらい、もう一度母親に連絡した内容を説明した。
父親は、比較的冷静に話を聞いている。そして、普段の連絡は母親宛に連絡を入れて欲しいとの要望だったので、雨宮はそれを理解した。
電話口が母親とまた交代する。
 母親は、通報者にお礼を伝えたいということだった。雨宮は予め通報者の増本優芽に、連絡先を被害者に伝えていいか聞いていた。

 翌日、面会可能時間に雨宮は病院に向かった。昨日、伝えた病院の手続きのことなどを資料を病室に持っていき、もう一度説明した。相変わらず話をするのは母親ばかりであるが、その母親も一晩経って少し落ち着きを見せている。
被害者である麻美もまた、反応をみせているので、昨日よりは落ち着いたのかも知れない。ただ、明らかに時折痛そうな様子を見せている。

 手術は明日に決まった。靱帯と周辺の骨の手術。
骨折だけですまなかったケガは、高校生の彼女に長期戦を強いてきた。

 彼女にとって『今』の時間は、『今』しかない。

「麻美!」
どこかで聞いた声がした。
 制服姿の声の主は、昨日と違って少し落ち着いた表情を見せている。そして、今日は二人連れだった。雨宮は入れ替わりで、場を辞す。母親が病室の外まで見送ってくれた。

 捜査は確実に進んでいた。増本良平の目撃情報は信憑性があり、対象車両は絞り込みが進んでいた。犯人の姿は、少しずつ、輪郭を見せている。

 翌々日、篠原麻美の手術日。
 捜査はさらに進展を見せた。車種が割れ、1台の車が浮上した。名義人は40代の男性。免許は最近取り消されていた。雨宮はまた病院に向かった。こちらが、依頼していた書類が出来上がった、との連絡があったからだ。

 雨宮はノックをして、返事を待ってドアを開ける。
 病室の窓際に、明るい彩の花が生けてあった。カーテンが開けてあるためか日の光も差して、ずいぶんと明るい。母親は相変わらずよくしゃべっている。ただ、話題の端々に差し込まれていたネガティブな言葉はずいぶんと減り、その代わりにこれから先の話が増えていた。

 彼女の家庭は4人家族。中学生の弟と共働きの両親。母親は数日間の休みをとり、昨日の手術日は父親も休みを取っていたようだ。弟は家事をずいぶんとやるようになったらしい。もともと姉が手伝っていたところはあるが、母親が病院につきっきりになっていたので、父親と相談して分担しているとのこと。
 この話題を初めて耳にしたらしい麻美は「ええっ、私の時手伝ってもくれんかったのに」と少しすねた様子を見せ、母親を笑わせていた。

麻美のケガは全治6か月と診断された。術後の経過を見て後2週間程度で退院出来るようだ。額面通りに読めばかなりの重傷だ。ただ、麻美を含めてこの家族は、長女の危機的状況を、今、全員で乗り越えようとしている。

「麻美ちゃん、行きましょうか」
看護師と共に医療関係者が入室してきた。
篠原麻美は
「ちょっと頑張ってくる、お母さん」
と声をかけて、雨宮にも礼をして松葉杖でぎこちなく廊下に出かけていった。不思議そうに様子を見ていた雨宮に、病院の出入り口まで見送りのため歩きながら、母親が解説する。
「今からリハビリなんですよ。」
「麻美は、絶対冬の選手権に間に合わすんだって。無理はして欲しくないんですけど、でも今はこの気持ちが今は大切だと思って応援しているんです。
当然、麻美自身も難しいのはわかっていると思うんですけど、あの子負けず嫌いで。」
「あとはね、麻美の友達が毎日お見舞いきてくれているんですよ。」

 雨宮の頭の中で
「麻美!」
という声が響く。

「雨宮さん、困ったときに、何も言わずにお見舞いに来てくれる人って、とても大切な人だと思いませんか?」
「いいときにはたくさんの人が寄ってくる。でも状況が悪いときにも来てくれる人って、見かけだけじゃなくて本当の気持ちを持ってくれている人だと思うんですよ、私は。
そんなことを思って、あの子にさっき話をしたんです」

 二人は、ちょうど作業療法室の横を通りがかった。作業療法室のドアは大きく解放されて、数人の患者が棒に掴まって歩いたり、何かを持ち上げたり、立ち上がったりしている。
 その中にマットに横になった篠原麻美がいた。
 さっきの医療関係者が側について、麻美はゆっくりとけがをした右足を太ももから上げては下ろすという行動を、数えている。
 フーッと息を吐く、篠原麻美。
 すると、横で同じタイミングで息を吐くのが聞こえた。
彼女の母親が手を握り、ちょうど吐き終えたようだった。雨宮は母親と目が合い、クスッとする。母親が見守る娘の額には、キラキラしたものが光っていた。



 雨宮は先程の病室での篠原麻美との会話を思い出す。


「雨宮さん、私を助けてくれた小さなヒーローにお礼を伝えて欲しいんです。
お母さんには電話で最初に言ってって頼んだんですけど。」
「増本さんは本当に良い方で、私も話し込んでしまって、お互い涙してしまって」
「お母さん、ちゃんと言ってくれたの?本当にもう」
「本当に良い方だったのよ、すごく心配してくれててね・・・」

 雨宮は母親の話が長くなりそうなので、自分の持っていた鞄をゴソゴソとした。そして、
「ちょうどこの後ね」
と雨宮は言って小さなラッピングされた包みをチラリと二人に見せる。

 母親は、不思議そうな顔をしている。
 篠原麻美はピンときたようで「流石」と言って、うんうん、と頷いていた。



最終話に続く。


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