ジローの部屋

ジローの部屋

日頃の生活に、何かプラスになることを。

ぼちぼちいこか

こんにちは、ジローです。

今回は、人生にしっくりときたことばの話。

 

 

10代の頃、「〇〇通信」などといった堅いタイトルから、「ハートで勝負」とかいういかにも体育会系の教師が書いたものまで、様々な学級通信と出会った。

 

「ハートで勝負」は中学の時の野球部顧問の絵に描いたような熱血教師がつけたタイトルだが、彼はなぜか手書きにこっていて文章のみで1年間で100枚も書いていた。しかし、内容はさっぱり憶えていない(笑)

 

その中で当時は、なにこれ、と思ったものが

「ぼちぼちいこか」

だった。

 

彼は中学社会の教師でサッカー部顧問。

学生時代はラグビーをやっていたらしく、いかつい身体をしていた。

その風貌とは、似つかないそのタイトルは、当時、どこか年寄り臭く、違和感があった。ただ、口癖のように言っていた、

 

気負いすぎず、勢いに任せず、コツコツと続けることを、ぼちぼちやったらええんや

 

は妙にしっくりくるところがあった。

 

教職課程の大学に進んだ筆者は、実習の中で学級通信を作る、という授業を受ける。

ほぼ小学校教員を目指すまわりは、これだと決めてるものがもうあるらしく、さらさらとタイトルを決めてデザインし、テーマに沿った学級通信を作っていく。

 

筆者は、通信のレイアウトや記事は出来上がったものの最後までタイトルがきまらなかった。

 

やがて、それらが完成し、それぞれがお披露目となって、互いの良いところを発見し、意見を伝えることになる。

 

やはり、タイトルには皆思い入れがあるようで、中には短いもち時間の中で、わざわざ説明を入れる人もいた。

そして、自分の発表になったときに、スライドを見せて説明を始めると、軽く笑いがあった。

 

そう、筆者の選んだタイトルは

「ぼちぼちいこか」

だった。

 

発表時間は短いため、タイトルの意味の説明はしない。

昼休みに食堂で、なぜあのタイトルだったのか、といろんな人に聞かれた。

 

気負いすぎず、勢いに任せず、コツコツと続けることを、ぼちぼちやったらええ

 

ということを、子どもらに伝えられたらいい、ということを軽く説明すると、友人は、そうなんか、笑ってもだけどなんか深いな、と考え込んでいた。

 

社会人になって落ち込んでいたり、悩んでいたりしている上司や同僚、後輩から相談を受ける。皆それぞれ境遇が違い問題の根本は一朝一夕では解決出来ず、というものが多かった。

ただ、その時々の話の最後はがんばれではなくて、

ぼちぼちいこうよ

という話をする。

 

ぼちぼちと、というスピードを決めるのは自分。周りではない。

あくせくして、状況におぼれそうになっても、スピードを逆に緩めて、ぼちぼちと。

 

 

今日満員の整形外科の病院に行った。

下駄箱から靴があふれかえり、松葉杖をついたご老人が靴を履き替えようとしている。

スリッパをまとめて靴を取ってあげようとすると、

 

ありがとさん。でも、大丈夫。

自分で出来ることはまだ自分でやりたいんです。子どもにもいわれますねん、お父さんぼちぼちやろかって。

 

ご老人はよっこらしょというかけ声と笑顔で靴を履き替えて、杖を抱えて

 

ありがとさん、ぼちぼちやりますわ

 

と笑いながら出て行った。

 

自分の存在を小さくしてみる。

 

こんにちは、ジローです。

今回は、少し今の環境に疲れてしまったらという話。

 

 

対人関係。やらないといけない仕事。家庭での役割。

それぞれを日々調整して、過ごしている。

 

その調整は、滑らかにいくものか、少しの疲労と交換するものか、それとも身を削らないといけないものか。

 

けっこう自分が疲れたな、と思うとき。

その時はもう既に、疲れが溜まってしまっている。全然、平気とはその状態では言えないはず。

 

そんなときは、自分の存在を小さくしてみる。

 

高い建物の屋上に上ってみたり、海が見える浜に行ってみたり、樹木が広がる大きな公園に出かけてみたり。

 

そうして、スケールの大きい自然や眼下に広がる景色と自分を比べてみる。

 

もしかしたら、周りが壁に囲まれていてどこにもいけないように思えていたけど、壁には出口があって、広い世界が見えるかもしれない。

 

もしかしたら、大きな障害になっていると思ってたことは、実は裏がめちゃくちゃもろいのかも知れない。

 

もしかしたら、ジオラマのように広がる世界に上ってくる朝日は、幻想的な風景を見せてくれるかも知れない。

 

深呼吸をする。自分のペースで。

 

駆り立てられていた体内時計を自分時間にリセットすれは、自然に能動的な感情がわいてくるんじゃないかな。

 

 

surrealsight.hatenablog.com

 

おかげさまで

こんにちは、ジローです。
今回は、感謝の言葉の話。


ちょっとした成功や上手くいったとき、意識して

 「おかげさまで」

という言葉を使っている。


「ありがとう」はもちろんのこと、その上手くいったときに誰かが関係していたら、嫌みにならない範囲で、使ってみる。立場が上の人でも同僚、後輩、家族や友達にも使えるし、非常に使い勝手がいい。

この言葉を使うようにすると、自分の成果だと、ちょっと調子に乗りそうなときも、一呼吸おいて落ち着ける。

成功は嬉しいものだが、それに浮かれると足下をすくわれることがある。
しっかりと地に足をつけて、上手くいってるときも、単に運が良いだけなのか、それともこれまでの流れからの予想されたことなのかを、見極める。


筆者は、まだまだこれが出来ずに調子にのりがちなので、「おかげさまで」の一言で、誰かの支えがあって上手くいっていると捉えるようにしている。


相手への感謝と自制になるこの言葉は、なかなかできた日本語だ。

この言葉には、他にも影響力がある。
支援に感謝することで、また新たな局面で、また別の人への支援が生まれる。

そしてその支援がまた誰かに、と広がっていく。

こうなると、まだまだ世の中捨てたもんじゃないなと、思えるんじゃないかな。

怪我の功名

こんにちは、ジローです。
今回は過去の自分との比較の話。
 
学生時代ラグビーをやっていた。
大学から始めたため、未経験者が大半の小さな大学のラグビー部。
部の目標は所属していた4部リーグの優勝と3部リーグへの昇格。
 
1回生の頃は慣れるので一杯で、2回生の時は少し目立つことも出来だした。もともとサッカーをやっていたことでキックが出来たこともあり、人にはない武器があった。
3回生になると体も当初に比べるとだいぶ出来て来だして、上が少なかったこともあり、俺たちで盛り上げて行こうぜという雰囲気だった。プレーの幅を広げて、走り込んで、最後の仕上げを夏合宿でやって、万全の状態で秋のリーグ戦に臨もうとしていた。
 
そんな合宿中に足首を複雑骨折した。試合中にもう少しでトライだったところ、そのもう少しが届かなく、タックルが曲がってはいけない方にきた。
身体の中からバキバキという音が聞こえる。
骨折は初めてだったが、これは絶対に折れたと確信できる音だった。
野戦病院と化していた現地の病院に行き、今期絶望を告げられる。
 
残り期間の合宿中は、完全に腐っていた。
他の部員が外で土にまみれているとき、部屋に残ってひたすらゲームのレベル上げをする。自分の代わりに出場する後輩の活躍をまともに見られなかった。
なんのためにこれまで一生懸命にやってきたんだろう。
 
大学に戻り、地元の医者から最終戦に間に合うかもしれないと気休め程度に言われる。しかし、これが望みになった。トレーナーにリハビリメニューを組んでもらい、ひたすらトレーニング室で地味にやる。絶対に最終戦に間に合わせてやる、これがきついリハビリメニューに何度もくじけそうになる自分を動かす言葉だった。
 
3カ月のリハビリ期間を経て医師からの制約が徐々に緩和される。
歩けるようになったとき、走れるようになったとき、全力疾走出来たとき、こんなにも面白いものなのかと思う。
そして、リハビリに付き合ってくれるマネージャーの仕事ぶりや、トレーナーの様々な努力も知ることができた。
当たり前が当たり前でない世界を知り、違う立場になり、見えていなかったところに明かりが差す。
 
当時、上手くなることは技術を磨くことと思っていたので、プレーが出来ないことは遅れることとしか思えなかった。
リハビリで作った身体は4回生になったときのプレーの幅を変えていたし、何より当たり前が当たり前ではない世界を知ったことが大きかった。
 

白血病だった友人が教えてくれたもの。

こんにちは、ジローです。
今回は、頑張り続けていた友人から教えてもらった話。


その友人とは、高校を卒業してからわりと話をするようになった。彼女は浪人して東北の大学に行き、時々地元に帰ってきていた。

卒業して四年目。
専門学校に進んだ友人が就職していき、大学に進んだ友人は就職活動をしている。その頃に集まって話していた話題は、どこかで頑張っていかなあかん、的な話だった。
スマホもない、ガラケーの液晶もまだ白黒だった時代で、誰かが作ったホームページの掲示板が、仕事も学校もバラバラの友情をつないでいた。

彼女はそこでラフメイカーと名乗っていた。BUMP OF CHICKENのアルバムの曲らしい。その曲のことは何度か誰かが歌っているのを聞いたぐらいで特段聴き込んだこともなかった。

ラフメイカーはよくがんばらなあかんけど、なかなかそれができないと言う話をしていた。そやなぁと同調していることが多かった。
ある時また、掲示板でそういう話になった。
そこで、ふと思って

がんばらんでええんちゃうん、 そういうこともいるで

と冗談半分で書き込むと、ラフメイカーは想定外だったのかそういう考えもあるんやなと、妙に納得していた。

卒業して五年目。
就職活動組が就職し、社会にでだした。専門学校組は二年目で、大学組は新卒で新しい環境に慣れないせいか、なかなか集まることも難しくなった。そしてその年に聞いた久々友人からの連絡が、ラフメイカーのお葬式の話だった。

それから何年か経って、YouTubeで見つけたラフメイカーの歌詞つきの曲が目に留まり、ながしてみた。ラフメイカーは白血病だった。友人で知っているのも一握りのようだった。
彼女は病気をほとんど誰にも言わず、抱えていた。若いので発症してからの進行は早い。
だから病気を知ってる人達からは、何かと頑張れと励まされていたんじゃないかと思う。後で知ったけど、あの書き込みに妙に納得していた頃は、病気になって、いろいろと薬を試していた頃だった。

本当に頑張ってる人は、励ましが欲しいんじゃない。
頑張りを知ってもらって、頑張れと追い込むんじゃなくて、少し休んでもいいと認めてくれること。

たぶん、それが響いたんじゃないかと思う。

そこに気がついて、それからは張り詰めてる人に、がんばらんでいいんちゃう、と言ってみることにした。






当時見た動画とは違うけど、イメージとしてリンク貼りました。
https://youtu.be/EyK6BoDgVrc

視野の広さと認識できる範囲

こんにちは、ジローです。

今回は視野と認識の話。

 

視野を広げるとか視野が狭いということを言われたりする。これは意識の問題が少なからず影響する。

人の目で見える範囲はだいたい150°くらいとか言われるけど、実際この範囲をすべて網羅して認識できるわけではない。

緊張すれば視野、正確には認識してる範囲はかなり狭くなったり、ある考え事をしていたら、そのものしか見えなかったり、不思議なもの。

とすれば、視野を広げるにはどうしたらいいか。単純に見える範囲は限られているので、認識できる範囲を広げていく。

これには、何かないかな、と探すような意識が大切。仕事であれば、仕事のヒントがどこかにないかな、遊びであればもっと楽しくなることはないかな、などといったように。

どうせそんなのないから、こうだと決まってるから、という感じで思い込んでしまうと、視野に入ったものについて、認識のフィルターにかからない。

上手くいっているものと、そうでないものを比較した場合にこの認識に違いがあれば改善のチャンスがある。

 

という筆者もよく失敗してるし、考えを改善する余地はまだまだありそうなので、よりよくするために認識できる範囲を広げていこうと思っている。

追い込まれる時の自分の保ち方

こんにちは、ジローです。

今回は追い込まれるときの自分の保ち方。

 

仕事でも、私生活でも、上司や家族から追い込まれるように叱責を受けたりしていたとする。

自分の中で対応が後手後手になり、何が正しい基準かわからなくなる。やがて抵抗することが無駄と思うようになり、プレッシャーを受けている状況が早く終わらないかなと、心理を分離しだす。話をまた聞いていないのかとさらに叱責を受けても、無意識的に相手に対する容量が小さくなっているため、どうしようもない。

こういうとき、誰かが助けてくれればいいが、何も変わらないことがほとんどで、相手が変わることは多くの場合期待できない。かといって自分で何か努力をしても、その小さな変化に相手は気付かず、同じ勢いで叱責される。結局何も変わらないという無力感と疲労感が残るだけだ。

どうしたらいいんだろう。

諦めて流れるままでいっても、悪くはなっても良くはならない。

 

自分を保つにはどうするか。

それは、自分でなにか自分自身のプラスの成果を確認することが必要だ。完全に相手主導ではなく、自分が起こしたアクションでの。

この小さな変化を作れるか、どうか。そこを自分で成果として認知出来るか、どうか。

人は誰かからの承認欲求がある。これがかなわないと心身が壊れていく。

 

どうしようもないような状況の相談を受けたのであれば、その人かその状況の中で何か小さな行為を何かの成果として承認する。

これができれば、最悪の事態への直滑降は変化してくる。

 

 

内面へのフォーカス

こんにちは、ジローです。

今回は自分を俯瞰することについて。

 

一生懸命練習して、突っ走ってみる。

それが上手くいくこともあるし、失敗することもある。練習やイメージがはまり成功が続く。が、しかし自分の中でそれが上手く定義出来ていないと、ふと立ち止まった時に上手く戻れない。

 

自分のプレーを俯瞰することは大切だ。ただ、それは常に出来ればいいが、日常でそんな余裕がないことの方が多いのではないか。

ケガをしたり、外部的な要因でプレーが出来なかったり、という状況におかれたら、多くの人は非常に焦る。自分がおいていかれたかのように、感じてしまう。

しかし、それは間違いだ。いままで考えていなかったことを考えてみたり、大切なことに気付いたり、ケガの部分を強化出来たり。これらは、そのままやっていたらそれらの部分は全然レベルが上がっていないところ。

 

大坂なおみ全米オープンで優勝した。人種差別への抗議マスクが注目されがちだが、彼女はコロナの自粛期間が大切だったと話している。決勝では、いらついてラケットを叩きつけることもあった。しかし、彼女は持ち直している。自粛期間に自分にフォーカスしたことで、感情の整理がかなりよくなり、人間的な成長が、非常に見てとれる。そういう部分から、マスクの話もでているし、試合ごとに成長しているコメントにも現れているように思える。

これからの試合が楽しみだ。決して、ユーモアだけのコメントではなく、彼女の成長が感じられるその他の部分のコメントにも注目してもらいたい。

 

 

自分は不幸だというけれど

こんにちは、ジローです。

今回は口癖からの「引き寄せ」の話。

 

自分は何をやってもうまくいかない、不幸だという人がいる。

いろいろなことを並べて、さながら悲劇のヒロインのように。

 

そういう人は、意識的に物事を不幸な出来事として捉えている。

そもそも不幸か幸せか、これは同じ現象でも人によって捉え方が違う。

 

だから周りに、「でも自分は~だから」とネガティブなことをいう人がいると、もったいないなと思って、わざとポジティブな発言に差し替えてみる。

ネガティブな捉え方をしている人は、それが当たり前になっていて、考え方を変えてみるということが、全く次元の違う考え方みたいな反応をする。

 

よくも悪くも「引き寄せ」は、それぞれの考えに基づいたフィルター越しの風景で、それらの考えから意識された物事が認知されるからなんじゃないかな。

 

 

沢村の復活要因

こんにちは、ジローです。
今回は巨人からロッテに移籍した沢村投手にみるメンタルのシンプル化について。


巨人からロッテに移籍した沢村が復活した。
三者三振でロッテデビューし、二回目の登板も三者凡退。
巨人では一時期3軍まで落とされた。
過去に華やかな実績があって、そこから成績が下降して。2軍では投げることもなく、3軍まで行った。阿部2軍監督から頭をたたかれるシーンが何度も映されて。

ロッテに行って、何か劇的な措置をされたわけではない。いきなり球速が戻ったわけでもない。
ただ、必要とされている、この気持ちに触れ、メンタルがシンプルになっている。

もうダメなんじゃないか、結局はこうなってしまうんじゃないか。
そういうのって、誰が定義するんだろう。
いろいろと調べてみても、誰かが言ったからとか、聞いたから、とか。
結局は根拠ってないことにいきつく。

人の脳は上手く出来ている。
うまくいくような気持ちになれば、そのような方向になっていく。それは視界では上手くいっているものが見えるようになるし、認知では、上手くいっていることに気付くようになる。
つまり、上手くいくというレンズをいれているようなもの。

入団会見で話していた、必要とされている、自分はまっすぐで勝負する。
いつか、打たれることも当然あるだろう。
しかし、彼の復活はホンモノだ。