ジローの部屋

ジローの部屋

日頃の生活に、何かプラスになることを。

ちょっと掘るの、やってみたいねん

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。
こんにちは、ジローです。
いつもたくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!
おかげさまで、筆者はぼちぼちとこのブログを続けられています。


昨日は当家の嫡男の5歳児に温かい言葉をたくさんいただきましてありがとうございました。
surrealsight.hatenablog.com
彼の剣は、日に日に腕が上がっています。

今回は、最近彼がこだわりを見せている、6500万年前の世界の話。

では、どうぞ。





先日、5歳児が起きたてにテレビの前で本を広げていた。


テレビは NHK Eテレの恐竜超図鑑。
先日録画したものを朝から見ているらしい。
この番組、非常にクオリティが高い。
映像の綺麗さ、内容の深さ、CGのグラフィックデザイン

5歳児は足元に自分の恐竜図鑑をおいて、テレビを見ながらページをめくっている。
最近スイッチの『あつもり』のおかげで、恐竜の名前や化石に興味を持ちだし、結構マイナーなネタまで知っている。

先日、新聞に兵庫県で見つかった新種の恐竜が新たに登録された記事が載っていた。
5歳児はこれを見て、「ちょっと掘るの、やってみたいねん」と言い出した。
筆者が5歳の頃、たぶん鼻を垂らして外で遊びまわっていただけ、だったと思うが最近の5歳児はやりたいことが本格的だ。


5歳児が恐竜好きのために、情報を探していたところ、とあるブログにたどり着いた。


このブログは、昨年度の知り合った当時は小学生だった(今何年生なのか未聴取)DIT井上 (id:ditinoue)さんの運営しているブログであるが、恐竜の新聞や自作の恐竜の図鑑、図画工作の授業で作ったであろう絵などがアップされている。
彼の絵は構図がすごくいい。
ditinoue.hateblo.jp

筆者は、時々ここで知識を取り入れて、5歳児に話をしたりしている。


さて、NHK の番組は恐竜の生態をリアルに映像化し放映しているため、その捕食状況の描写はなかなかグロテスクな部分もある。
5歳児はティラノサウルスを気に入っていたが、同じくらいトリケラトプスも好きだった。
ちょうど映像では、ティラノサウルスが寝ているトリケラトプスを捕まえて食べるシーンがあり、5歳児は「ティラノサウルス悪いなあ」と、半泣きになっていた。



まだ5歳、されどもう5歳。
恐竜ぐらいでっかくなるわ、と言っていたがそれは無理だ。
ただ、父を超えてくると面白いけどな。




お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

さては、出来るようになったな

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。
こんにちは、ジローです。
いつもたくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!
おかげさまで、筆者はぼちぼちとこのブログを続けられています。


さて、今回は、自宅前の死闘、の話。


では、どうぞ。


「勝負しよか」
五歳児が挑んでくる。
クリスマスにもらった水の呼吸と火の呼吸が出来る刀を持ち、こちらには100均のバットを持たせて向かってくる。

筆者は、「待て」と言って、五歳児を制止した。

「試合においてはな、礼をせなあかんねん」
筆者は五歳児に初めと終わりの礼を教え、勝負を始めることにした。



学生時代、そう言えば二日間だけ剣道部だった。
剣道部が人数不足で試合に出られないということで、193から白羽の矢が立った。
193についてはこちら↓
surrealsight.hatenablog.com


筆者はラグビー部。
剣道なんて全くやったことがない。
当然ながら、装備も全く無く、自分の防具や垂れネームなどもない。
同じクラスのラグビー部から、彼は二人で選抜し、そのうちの1人が筆者だった。
もう一人は馬車馬のように走る男前↓
surrealsight.hatenablog.com


京都大学の体育館で行われた試合は、れっきとした公式戦だった。
初心者が生半可に行けるような代物ではない。
193は「ジローはでかいけぇ、副将じゃ」と言われ、訳もわからず出て、1試合目は秒殺された。

馬車馬の彼は、先鋒で出ると相手は二刀流。
なかなか厳しいデビュー戦だ。


しかしこの試合の他の試合を見て、枠外に押し出せば反則になる、と学び、2試合目は鍔迫り合いに持ち込んで、ひたすら押し切り、引き分けた。



そんなことを思い出して、五歳児の必殺技をかわす。
五歳児は、時々抜刀術になって変化をもたせてき、次の技を繰り出してくる。
つばぜり合い(バットにはそんなものはない)になり、適度にためて、はじかれて隙を作ると、五歳児は容赦なく切り込んでくる。


さては、なかなかできるようになったな。
そんなこと思った、とあるGWの昼下がり。


f:id:surrealsight:20210503163157j:plain



お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

春の終わりを知らせる、場所

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。
こんにちは、ジローです。
いつもたくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!
おかげさまで、筆者はぼちぼちとこのブログを続けられています。

先日までは、筆者の学生時代の友人の193について5つの記事をしたためました。
彼についてはまだ、あと少し話はあるのですが、またの機会にしようと思います。
これまで長々とお付き合い下さりありがとうございました。

さて、今回は5歳児が摘んできたレンゲ、の話。

では、どうぞ。




緊急事態宣言前、5歳児が幼稚園のイベントの一環でレンゲ畑に出かけていた。

幼稚園は市内の農家と契約しているのか、そのレンゲ畑のありかはトップシークレットとなっている。
筆者の住んでいる市内には近郊農業を営んでいる方がおられ、市の郊外の方に足を向けると、田んぼや畑がでてくる、

筆者はもともとの出身地は田んぼがまだたくさんある地域だったので、レンゲは学校の帰りにでも普通に見られた。

しかし、ここは大阪の衛星都市。コンクリートがかなり占める地域である。

5歳児の姉2人も同じ幼稚園に通っていたため、一度彼、彼女らの記憶を元にそのレンゲ畑を探しに市内を回ったことがあったが、ついに発見することが出来なかった。

田植えが始まる前のちょっとした期間だけ、田んぼにはレンゲが見られる。田起こしが始まってしまうと、もうトラクターに巻き込まれて見られなくなる。
そんな、小さな紫の花。

農家の方は幼稚園児にこの花を見せてから、田を起こす。
そこは、誰彼にも知らされていない、小人に春の終わりを知らせる場所。


5歳児が摘んできたレンゲは、花瓶代わりのグラスの水で今日もまだ咲いている。
もう摘まれて10日ぐらいは、経っているはずなのに。

f:id:surrealsight:20210502115832j:plain


お問い合わせはこちら

【ツインタワー編完】あのな、ちびりそうになったんやぞ

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。
こんにちは、ジローです。
いつもたくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!
おかげさまで、筆者はぼちぼちとこのブログを続けられています。


想像を超えて4つの話になったツインタワー編。
こうして書いてみると、部活以外の時間でずいぶんと一緒にいたんだなと気付かされました。
surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com

今回は、5つ目の最終話となります。
これにて彼のお話は一旦終了。

では、どうぞ。 






筆者の大学は初等教員の養成課程。
小学校の先生の免許取得が必修で、中学高校の免許は選択となっていた。
つまり、全教科の授業がある。


筆者と193が苦手とするところは、音楽。
単にピアノだけ弾く、確かにこれだけでも初心者であった筆者らにはかなりの努力が必要になるのだが、これに歌を合わせるとなると至難の業になる。
加えて、193は十八番以外の歌が非常によろしくない。
これにはピアノの講師も、苦笑していた。
何せ、本人は必死だから、まわりで聴いている筆者らは笑いをこらえるので必死になる。
193は
「難しいのぅ、ジロー」
と言っていたが
「現場に出たら、専科の先生がおるけぇ、大丈夫じゃろ」
と意を介さない。

しかし、筆者らにはこの音楽のテストは卒業するための超えなければならない壁だった。


筆者の通っていた大学には、スタンドピアノが1畳ほどの部屋に置かれた練習室が20室ほどある棟があった。
そこは当時24時間開放されていて、いつでも学生が練習することができる。
昼間の講義がない隙間時間やバイトが終わった夜にでも、いつでも誰でも練習ができた。


このピアノのグレードテストが近づいてきたころ、日頃の練習だけでは課題曲のクリアが難しそうなので、ちょっと夜に練習しようか、という話になった。

お互い部活やバイトがあるのでそれらを終わらせて、寮でひとっ風呂浴びてから、ピアノがある棟に集合した。
もう時刻は0時近い。
人気がない棟に二人で入っていくと、1台のピアノの音が響いている。
この環境に慣れていなければ、かなり不気味な光景であるが、誰か先客がおるんだろう、という話を2人でしながら階段を上っていった。
階段を上っていくと、ピアノの音が鳴り止んだ。
筆者らは特に気にすることなく、3階の練習室に向かって歩いて行く。


確か季節は秋だった。
少し肌寒くなってきているときで、集中してさっさと終わらせようぜ、というような話をしていたと思う。
3階までの階段を上りきり、廊下へと2人並んで曲がったときだった。

ちょうどその瞬間にこちらへ曲がってきたものがいた。

「うわっ」
と不意打ちをくらった筆者らが声を出して立ち止まる。

同時に
「ひっ」
と引きつったような女性の声がした。


薄暗い街灯に照らされるパーカーのフードをかぶった女子。
眉毛はない。
筆者はとうとう出たか、と心臓がバクバクしていたが、その女子は動きを止めてから下を向いてそそくさと階段を降りていった。

筆者は193と
「ビビったなぁ」
と話し、どこのクラスの子やったんやろな、と話をした。
そして、少し音漏れする独房のようなピアノの練習室にて、それぞれ練習していった。




後日、無事2人ともピアノの弾き歌いのグレードテストをパスして、クラスの大阪出身の女子とピアノの練習の苦労話になった。筆者らは、そういやこんなことがあってんけどさ、という話を切り出した。彼女は興味津々で話を聞いている。
そして、彼女は心霊話じゃないことに気付いて、
「なんや」
とややがっかりした。
193は
「あのな、ちびりそうになったんやぞ」
と彼なりにその恐怖感を説明していたが、彼女はそれを一蹴した。


「アンタらな、よぉ考えてみ。
寒い夜中に、その子は1人で練習にいってるわけやろ。その子なりに努力してるわけやん。そして、日付変わるまでに自分の寮の部屋に戻ろうと帰りよったわけやろ。
そのタイミングで、階段でばったりアンタらと会ったわけやん。
そりゃ、そんな時間すっぴんに決まってるやろ。
しかも、他の女子ならまだしも、ガタイのいい大男2人がいきなり出てきてみ。
そりゃその子にとっちゃ完全に予想外やし、身の危険感じるやろ」


筆者と193は顔を見合わせた。
うーん、正論だ。
自分達がでかかったことを、忘れていた。



PS
一部の読者様のツボにはまった193のお話は宴もたけなわでございます。
思いつきの思い出にお付き合い下さいまして、皆様本当にありがとうございました。


お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

【ツインタワー編④】こだわりの、世界

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。
こんにちは、ジローです。
いつもたくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!
おかげさまで、筆者はぼちぼちとこのブログを続けられています。


最近続いているツインタワー編。
surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com

これ、完全に思いつきなのですが、今日で四つ目のお話になりました。
本当におかげさまで、懐かしい思いに耽ることができています。

では、前置きはこのくらいで、本日もツインタワー編をどうぞ。



193は女子がうらやむ白い肌を持っていた。
なかなかのもち肌である。
筆者は外で日焼けしたり、土にまみれたりしていたので黒かったが、彼は生涯室内競技であるから、日焼けがあまりなかったのかもしれない。

彼は入学当初は身体も大きく、剣道家なので背中が広く、かつ姿勢がいいので好青年という印象だったが、昨日の記事にもあったように、食べたいものを食べ、酒もかなり飲めるのでどんどんと肥えていった。

といっても、剣道はやっているのでそれなりに汗はかいているはずである。
しかし、彼の腹は日に日に大きくなっていっていた。
彼は時々、妊婦さんのように腹をさすっている。
しかしこれは、満腹時の彼に見られる動向で
「ジロー、うまかったな」というお決まりのセリフを言うときに見られる。

「193、アンタちょっと腹でてきたんちゃうの」
「そうや、ほれ、ちょっと生まれそうじゃろ」

彼は笑っているが、筆者は笑えない。
運動しているのに、その腹は邪魔だろう。



大学のクラスでは、毎年忘年会を城崎(県北の歴史ある温泉地)まででかけて、小さな旅館を貸し切ってやっていいた。23人ほどのクラスだったが、驚くほど出席率がよかった企画だった。
皆昼間は思い思いの風呂に歩いて出かけて、夜になったら旅館に集合する。
そして、境港出身のクラスメイトが地元からカニを取り寄せてきていて、大宴会が始まる。

筆者は193と行動をよく共にしていた。
下駄に浴衣で街を歩くのはなかなか気持ちがよい。
そして193は、その腹の出具合が浴衣になると妙に恰幅の良さに変わり、貫禄が出るから不思議なものだ。

彼は酒を飲むと身体が真っ赤になる。白い肌と真っ赤になった姿、そして生まれそうな腹がクラスの女子ウケし、胎動を確認するかのように腹をなでられていた。

筆者は痛風も経験した193にダイエットを勧める。
しかし、彼は
「筋トレはしんどいけぇ」
と敬遠するばかり。

全く、ダメだこりゃ。



この忘年会、車出しを決めて分乗して城崎に出かけていたが3回生からは、マイクロバス1台を貸し切りにして出かけていた。

193は、運転好きが高じて大型免許をとり、彼はバス好きだったのでレンタカー屋でバイトを始め、そこのマイクロバスをチャーターできるようになったからだ。
まだ、カーナビもなかったころ、マップルなどの大きな地図を持っていた筆者(部活の遠征で運転することが多く必要だった)と193は、クラスの企画の交通担当となり、道を調べたり、計画をしたりすることが多く、筆者は彼が運転する中で添乗員のように前に立ち、対向車のナンバーの下二桁でビンゴをしたりして長距離運転のサポートとバス旅行の盛り上げをやったりしていた。

こういう時の193は真面目にメガネをかけて白い手袋までつけて運転していた。
彼はドライバーになりきっている。



彼には1つのこだわりがあった。
それは、対向車に道を譲ってもらったとき(例えば細い道や路駐の車両があるときなどに対向車が先に停車して道を譲ってもらうような時)の返事だった。

ラクションをププッと短く鳴らす、手を上げる、頭を下げる、など人によって様々であるが、ここに彼のこだわりがあった。


ラクションを短く鳴らし、右手をグーにしてから、ゆっくりとパーになるように開いていく。それをしながらややうつむき加減に対向車のドライバーの顔を見る。


「どうや、ジロー。かっこいいじゃろ」
そう言って彼はマイカーでもこれをやっていたのだが、正直初めてこの極意を教えてもらった時は、何がカッコいいのか世界が高度すぎてわからなかった。


しかし、マイクロバスを運転する彼はひと味違う。
ちょうど狭い道で、対向車が待避できるスペースで停まってくれた。

これや、193。
筆者は、マイクでしゃべるのをやめて運転中の193を見る。
彼は、ギアをチェンジし、ドアミラーで確認を入れてからゆっくりと空けてくれたスペースへバスを走らせていく。
そして、うつむき加減になり対向車の運転手を見ながら、軽くクラクションを右手で鳴らした。そうして、その手を突き出してゆっくりと開き、少し上げて、お礼の合図をした。
対向車の運転手が笑顔で手を上げ、これに応えている。


な、なりきってるやん!

これか、これやったんか。アンタ、カッコええわ。



お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

【ツインタワー編③】やっぱ、チーズうめぇな

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。

こんにちは、ジローです。

たくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!

おかげさまで、ぼちぼちとこのブログを続けられています。



さて、今回もツインタワー編の続編です。
過去記事はこちら↓
surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com

では、三つ目のお話を、どうぞ。


20年前ぐらいに、マクドナルドは度々ハンバーガーの半額セールをやっていた。
確か、チーズバーガーとハンバーガーが半額で、100円を切っていたように思う。


当時筆者が住んでいた街にはマクドがなく、マクドにいきたければ車で隣町まで行かなければならない。
大学の友人数人でマクドに行こうということになった。
関西人だけが頑なにマクドと言い、九州や中国地方出身の友人達はマックという。

まぁ、それはさておいて、マクドで誰がハンバーガーを10個食べられるか、という話になって、ちょっとした賭けみたいなことになった。
大本命は193。そして次点に筆者。
後は皆、始める前から諦めている。


いきなり行って注文しても時間がかかるだろう、と誰かがいい、電話で予め注文してから店に行くことになった。
マクドに行く人を募ると8人ほど。
一人5個がノルマになった。


筆者は電話で注文をする。

「すみません、今から行くので先に作っといてもらえますか」
「こられてからで間に合いますよ」
「いや、けっこう数が多いんですよ」
「そうなんですか、ご注文はなにですか」
ハンバーガー50個」
ハンバーガー50個ですね、え、50個!?」
「はい、いまから10人くらいでいきますから、お願いします」
「本当に来られるのですか」
「20分くらいでいけると思います」
「はぁ、わかりました」


店の人に後で聞くと、当時は時々大量注文が入ったらしい。
しかし、50個とかはなかなかないとのことだった。



店についてカウンターに並べてある、ハンバーガーの山。
まるでリカちゃんハウスのように並べてある。

友人達は、ちょっと引いていたが、皆席についてハンバーガーを食べ出した。
だいたいの人間は2個目で、飲み物がないことに気付く。

この次点で無心で食べている人間は3人。
3個目に入り、3人目が早々に脱落し、コーラを勝手に注文していた。

4個目に入ると、筆者と193だけが食べていた。
皆、思い思いのジュースを頼み、完全にお手上げモードだ。
5個目を完食すると、193は
「ちょっと味が足らんけぇ」
と言い出し、勝手にチーズバーガーを追加注文した。
筆者は、周りのギブアップ組のハンバーガーを回収し、6個目に突入する。
筆者に手つかずを渡した人間が、コーヒーを頼んでくれ、筆者はようやく水分を手に入れた。


しかし、飲み過ぎると食べられない。
193はチーズバーガーに切り替えて、口直しが出来たのかペースが上がった。
「やっぱ、チーズうめぇな、ジロー」

やや、余裕を見せている193を尻目に筆者は黙々と食べ続ける。
8個目に入り、周りは完全に観戦モードになっていた。
トレイを並べているのは、筆者と193のみ。
193はさっきの余裕がなくなってきて、表情が無表情になってきている。

9個目を手に取ると、周りが心配しだした。
もう、俺たちの負けでいいから、と。

筆者は中途半端なので後に引けない。
193は
「あと2個じゃけぇ」とやや苦しそうな表情を見せている。

10個目をなんとか筆者は食べ終えた。
193もなんとか10個目を食べ終えた。


ふたりで健闘をたたえ合い、一人当たりの総額が1000円いっていなかったことに、よかったなぁと話をした。
ただ、193は苦しそうだ。
筆者よりもチーズが5枚多いから。



翌日193は、「足がいてぇ」と言い出した。
「腹もくるしいけぇ、ちょっと病院行ってくる」
といって、部活を休んでいた。


後で寮の彼の部屋に見舞いにいくと、
「ジロー、いてぇ、いてぇ、と思うとったら、痛風やったわ」
「先生に聞かれたから日頃の飯とハンバーガーの話してら、食べ過ぎやわってあきれられてもうたわ。しばらくおかゆさん食べるわ」


そ、そうか。
筆者はたじろいだ。
チーズ五枚の差で、痛風なってもうたか。




お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

いろいろな人のブログがあるので、こちらもどうぞ。
ブログアンテナ

【ツインタワー編②】伊達に、デカいだけじゃない

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。

こんにちは、ジローです。

たくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!

おかげさまで、ぼちぼちとこのブログを続けられています。



昨日は、筆者が唯一見上げていた友人の話を記事にしていました。
その記事はこちら↓
surrealsight.hatenablog.com

さて、今回もツインタワー編です。

では、どうぞ。



教育系の大学には、基本的に教師を目指した人間が集まってくる。
とりあえず大学に行こうと思った、という人間は少なく、漠然か詳細までかは別として、教職に就きたいと思って、門を叩く。

推薦、前期、後期の試験を経て、うちの大学には新入生が入ってくる。
一学年たったの200人程度の、学部も1つしかない小さな大学。
故に、あまりはっちゃけた人間はいない。

筆者は推薦は落ちて、前期で受かって入学した。
ツインタワーの一角をなす193(イッキュウサン、以後彼のことはこう呼ぼうと思う、なお彼の名誉のために坊主ではないことを申し添える)は推薦で入ってきた口だった。

推薦で入学してくる人は評定平均(いわゆる高校の成績)がすこぶるいい。
部活での活躍や成績が抜群にいいとか。
193はその両方をなしていた。

推薦入試は書類選考と面接。
入学したての頃、共通の話題がまだない中で、入試の話になって、面接で何を聞かれたか、という話になった。

筆者は、趣味や特技を聞かれ、読書やサッカーの話などありきたりのことを答えたような気がする。もし今の自分が試験官だったら、平均的すぎて点数のつけようがなかったんではないだろうか。

193も同じく特技のことを聞かれたらしい。
彼は、自分の運転免許の話をしたといって、当時のやりとりを再現しだした。



私、原付と小特免許を持っていまして運転が好きなんです。
原付はわかるけど、なんで小特なんてもってるの?

実は実家が農家でして、ユンボ運転したりするのにいいかなぁと思って試験受けたんですよ。家の畑で練習しまくってましたからね。大学落ちたら、畑でもやるかーみたいに思ってまして。
(注:ユンボは小型のパワーショベルの通称)

へぇ、ご実家が農家ですか。
うち、牛もこうてまして、品評会にも出しちょります。それが広島で1番とりまして…。

へぇ、それはすごいねぇ。
そうなんです、うちのじいちゃんがすごいんですよ。ところで先生方は、ユンボのこん
な堀り方知ってますか?私それが得意なんですよ!

え、なになにそれ。
ユンボをですね、こうやって…



「ジロー、面接こんなんやったわ。じいちゃんと牛とユンボの話しよったら、合格しとったわ!じゃけぇ、ここの試験官ええ人やったで。」
とケラケラ笑いながら教えてくれた。

こ、こいつ、やるなぁ。
筆者もその話に興味を持ってしまった。
やはり、こういう話術というか、人を惹きつける何かをもってるような人が教師をめざすんやなぁ、と妙に納得してしまった。

だから、広島弁でよくしゃべる眩しい奴、というのが筆者の初めの頃の193の印象。
伊達にデカいだけじゃない。


運転に関して言えば193は、アパートからホンダのカブにまたがってやってきていた。
あるとき、
「ジローこの辺で、ええ峠ないかのう」
と聞かれた。彼はカブで峠を攻めたいらしい。
筆者はよく知らないので、
「山と言えば兵庫だったら六甲山かな」
と教えると
「よっしゃ、今日授業終わったら行ってくるわ」
と威勢がいい。
筆者は、けっこう遠いはずやけどな、と思っていた。



翌日、193は珍しく遅刻してきた。
非常に眠たそうにしている。
どうしたんだ、と話を聞くと
「いやぁ、昨日ジローに教えてもろうて六甲山行ってきてな。面白かったわ、カブ坂道全然のぼらんでな」
と疲れた顔で少し笑っている。
「そしたら、とちゅうエラいくろう(暗く)なってきて、しまったなぁと思ってたんよ。
そいで、山を降りていったんじゃが、わけわからん街に降りてしもうて」
「おばちゃんに道聞いたら、あんた帰りたい方向反対やで、アンタ大阪向いてるで、って言われてな」
「それから、大変よ。看板見て帰ってきよったんやけど、金あんまり持ってなかったし。朝五時ぐらいにやっとかえってきたんよ、エラかったわ~」


アナログの時計の中心が六甲山だとすれば、193はだいたい9時から11字くらいの距離を走って帰ってくればよかった。
それがどうも話を聞くと9時から逆回りをして11時の自宅に帰ってきたようなものだった。大したお金も持たずに。


193は、眠たそうだ。さすがに疲れが見える。
しかし、話の最後にはしっかり笑って終わらせていた。


世の中にはいろんな人間がいる。
筆者はもう少しちゃんと説明をしてやればよかったと、反省した。


お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

いろいろな人のブログがあるので、こちらもどうぞ。
ブログアンテナ

【ツインタワー編①】唯一見上げた、193

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。

こんにちは、ジローです。

たくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!

おかげさまで、ぼちぼちとこのブログを続けられています。



さて、今回は、筆者の大学時代の話に遡ります。
書き出してみると何話かになりそうなので、ひとまず~編にしてみました。

では、どうぞ。







先日、外で食事をしたときに、久しく行っていなかった店に行くことになった。

今から20年前、その店は店の前の駐車場と裏にもう一つ駐車場があって、けっこう賑わっていたように記憶しているが、20年の間に駐車場は4倍くらい増えて、大きな看板が立っていた。
相変わらず、人気はあるようだ。

その店は味もさることながらボリュームがすごくて、体育会の部活に入っていた筆者にはかなり好印象な店だった。
ただ、大学からは車で1時間半ほど走らないといけない。
そのため、このチョイスになることは滅多になく、行こうという人間も限られていた。



筆者の学生時代の友人に、後の剣道部のキャプテンがいた。
彼は、大学で筆者が唯一見上げる人物。
身長が193センチある大男だった。
彼は非常に飯を食う。
そりゃでかくなるわ、と思わずツッコミをいれるくらいだったので、その店は彼と行った記憶があった。


広島出身の彼は、「じゃけぇ」「そうじゃろ」と関西弁に染まることなく広島弁を駆使し、ひょうきんな性格である。
祖父の代から、教育者を輩出し、教育系の大学に進学してきた彼は良血のサラブレッド。
実家は兼業農家で、馬はいないが肉牛もいた。
そして、剣道はめちゃくちゃ強いが、球技はからっきしという、憎めない要素を持ち、カラオケの十八番は、吉幾三の「俺ら東京さ行くだ」と「アタックNo.1」。
リアルタイムで生きていないはずなのに、なぜかそれを得意げに歌い、普通の歌を歌わせるとひどく音程が外れていく彼に、筆者は教師を目指すにはこんな一面もいるのかと面食らった。


そういう彼とは同じクラスで、よく話し込み、同じ塾で講師のアルバイトもやっていた。横に並ぶと193センチと187センチなので壁に見えるときが周りからはあるらしく、仲間内からはツインタワーと呼ばれていることもあった。


筆者もラグビー部。食べる量に関してはひけをとらず、当時のエンゲル係数は非常に高かった記憶がある。そしてあちこち大盛の店を見つけては遠征していた。



筆者はそんなことを思い出しながら、懐かしのピラフをオーダーした。
そして来たプレートは今の常識に染まった筆者の予想を優に超え、かなりデカかった。
一緒にその店に行った人達は何人か食べきれず残していたが、筆者は、一応残さずなんとか食べた。


夜になって、仕事から家に帰ると久々に思い出した感覚が懐かしく、気分が良くて胸一杯だった。



しかし、もう若くない。その日は腹一杯で全然晩御飯が食べられなかった。


PS
せっかくなので、彼について少し書いてみようと思います。思いつきの話なので、何話構成か連続投稿かもまだわかりませんが、よろしければお付き合いを。



お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

いろいろな人のブログがあるので、こちらもどうぞ。
ブログアンテナ

新緑に映える、桜

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。

こんにちは、ジローです。

たくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!

おかげさまで、ぼちぼちとこのブログを続けられています。



さて、今回は、小さな幸せ、を見つけた話。

では、どうぞ。




筆者は4月に入って、小説をまとめるのに時間をかけていたため、登録している方の記事をほとんど見に行っていなかった。
そうして、やっと終わったのでようやく読んでいなかった記事を読み出している。
下の記事は最近読ませてもらった記事。

myuhikaruさんが新緑について
myuhikaru.hatenablog.com
大笑 (id:kakadaisyou) さんが残桜について
www.kakadaisyou.com
書かれていた。



筆者は最近街の中をずっと行ったりきたりしていて、出張も街の間を移動してばかり。
街には高い建物があって、当然東京や大阪のようではないけれど、神戸も空が狭い。

ところが、要件で県西部に行くことになった。
車を走らせていくと、コンクリートが減っていき、だんだんと空が広くなり、今度は空に緑が入ってくる。


緑は針葉樹の濃緑と、広葉樹の新緑が混ざり、なんともそれが心地良い。
山の中に進み目的地で車を停めて降りると、音は風でそよぐ葉の音だけだった。



そこに1本の桜が咲いていた。


なんていう種類か調べてみると、カンザンというらしい。
普段なら、咲いてるなぁ、というぐらいにしか気にもしなかったけど、新緑の中に映えた色がまた新鮮だった。


お二人の記事を読んでいなかったら、こんなこと思わなかっただろうし、おかげさまで何だか小さな幸せを見つけたような、そんな時間を見つけることができた。


f:id:surrealsight:20210426200637j:plain
カンザンという名前の八重桜


お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

いろいろな人のブログがあるので、こちらもどうぞ。
ブログアンテナ

【短編小説】 雨宮淳一朗の事情 あとがき

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。

こんにちは、ジローです。

たくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!

おかげさまで、ぼちぼちとこのブログを続けられています。



今回は、短編小説のあとがき。
まず、今回のお話はこちら
surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com


今回は、警察官雨宮氏の視点からのお話、でした。
だいたい16000字くらいの話になり、前回の増本優芽の事情編よりも3割ほどボリュームが増してます。ちょっと1話当たりの文量が多かったかもしれません。

前回はイメージをそのまま文章に起こしていきましたが今回は、話の時間軸、流れをちゃんと組み立てる必要がありました。
スケッチブックに地図や、関係性、キーとなる会話の流れを起こして、そこから今回のストーリーを構成していきます。
ただ前作の反対側というのは面白くない。そこにまたキーとなる人に話をしてもらって、絡めていく。

一度書いたものの、なんか流れがおかしくなってやり直し、書いてみては前作を読み返して、違う側面からの話を織り込んで、としていると、かなり時間がかかってしまいました。

また、はじめに考えていた切れ目だと、話数がどんどん増えてしまって、なんかまのびしているように思われて、また構成をやり直し。
もともと考えていたところから前作もそうですが、途中で話がひとりでに進んでいく感じになり、また構成を変えてみて。
じゃあ、ラストはどうしよう、とまたやり直し、このラストになりました。

篠原麻美の少し無理をした姿に、敢えて頑張らなくてもいいと声をかけたいけど、なかなかできなくて、雨宮氏はメッセージに残しました。
そこの独りで張り詰めた感を和らげる、ここに至るながれと、彼女の姿をどう現すか、ここが今回一番考えたところです。

最後だけ、雨宮氏の視点から外れてしまいました。
ただ、この話はそれもありかな、と思って切ってみましたがいかがでしたか。
ある程度は、読者の皆様の予想通りの展開だったのではないでしょうか。
そこに、どれだけ裏切れるか、ですが、筆者の今の技量はこの通りです。
今回も登場人物に、いくつかのメッセージを持たせました。
それを拾って下さってコメントを頂いたりして、筆者としては感無量でありました。


次作に言及下さった皆様、ありがとうございます!
おかげさまで、モチベーションはまだあり、いくつかの構想は漠然とですがあります。
この雨宮氏はまだもう少し登場してもらおうかとは思いますが、まだ2作目。
あと何話か書ければ、また書く力がついてくるのかな、と感じています。


お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

いろいろな人のブログがあるので、こちらもどうぞ。
ブログアンテナ

コロナの、渦中で

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。

こんにちは、ジローです。

たくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!

今回は近況を少し。



先週の今頃、電話がかかってきた。

コロナの渦中の事業所へ急遽いってくれ、と。

人数が圧倒的に減って、業務が回らないので応援となったけど、先発で応援に入っている人も陽性者が出たりして、何だかな、というところだった。
まだ、たぶんキャリアの人もいて、微妙な感じ。完全に閉鎖したらいいと思うけど、そんな話は届いていない。夜までかかって、また早朝から、みたいな話になる。何回かそれをやって、久しぶりにデスクに座ると、自分の仕事はそのままだ。

小説を投稿して二日目からこのモードになり、なんとかほぼ書き上げていたので、かろうじて微調整して、4話まで出せたけど、ほぼ投げっぱなし。コメントもらってるのになかなか返せない😱まとめを書きたいけど。

家に帰ってからはかなり過敏になっている家族との接触を減らして食事も後で一人にして、ずっとマスクし続ける。

全く、なんて日だ、がかなり続いた。

また来週も渦中に行かないといけない。
せめて目で見えたらいいのにな、緑色とかに。
カビキラーみたいにアルコール吹きかけてやるのに。


お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

いろいろな人のブログがあるので、こちらもどうぞ。
ブログアンテナ

【短編小説】 雨宮淳一朗の事情④

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。

こんにちは、ジローです。

たくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!


さて、今回は、いよいよ短編小説の最終話。

これまでのお話はこちら⬇

surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com

では、最終話をどうぞ。








 ちょうど今ぐらいの時間だった、今回の事故があったのは。雨宮は篠原麻美が入院している病院からの帰りに、何度か出向いたあの現場近くへ寄ってみた。

 今日も天気はよく、心地よい風が吹いている。

 現場の道から田んぼを挟んだ向こう側には、戸建ての新しい住宅が並んでいる。そこの道は袋小路になっていて、付近住民の車ぐらいしか通らないため、小さな子どもの遊び場になっていた。

 こちらの道路から、子どもが二人遊んでいるのが見える。手にはおもちゃの剣を持っているので戦いごっこ、だろう。お兄ちゃんは弟とつばぜり合いをして、時々切られている。お兄ちゃんは膝をついては復活し、倒れては復活する。弟を威嚇して戦うが、最後はしっかりやられている。

 雨宮は、畦を歩いて行く。遊んでいた子どもの一人がこちらを指さすと、もう一人も振り向いた。
「おまわりさーん」
と二人とも声に出してかけてきた。

 雨宮は軽く敬礼をして挨拶する。すると、二人ともいきなり立ち止まって、敬礼した。雨宮は、二人にいきなり真面目な顔を見せられたのでギャップで吹き出してしまい、それをみた二人もケラケラと笑っている。
「あのな、僕な・・・」と増本良平が話し出す。


 篠原麻美の小さなヒーローは、もう構えることはない。
もともと人懐っこい性格なんだろうが、人見知りをするのだろう。ただ、その垣根を越えてやると彼本来の性格現れてくる。人に対する優しさと、弟への面倒見の良さが、彼の素直な姿だ。

 増本良平と話していると、家から彼の母親が出てきた。
 雨宮は、増本優芽に挨拶をした。篠原麻美の手術の話をすると、彼女の母親と何度か連絡を取り合っているようで
「手術うまくいってよかったですねぇ」
と自分の家族のことのように喜んでいる。
 雨宮は先程のリハビリに励んでいた篠原麻美の様子を伝えた。彼女の様子が、落ち込むのではなく、前を向いていることに驚いたことを伝えると、増本優芽は
「そうなんですか。しっかりしたお嬢さんなんですね。私だったらずっと塞ぎ込んじゃうかもなぁ」と、二人の子どもを見ながら話していた。

 雨宮は「そうそう」と言って、本題を切り出すことにした。
 現在は犯人の特定には至っていないが、良平君の目撃情報は有力情報だったこと、篠原麻美がお礼を言って欲しいと話していたこと、彼の事件当時の振る舞いは警察署の交通課長も「それはすごいな」と驚いていたこと、などを伝えた。
 増本優芽は子どもの話になると表情を崩し、事件の話になるとこわばった表情になる。


 雨宮の上司である交通課長は、雨宮が増本良平の話を報告した際に、
「そうか、いい『声』が聞けたんだな」
と話していた。
 そして
「その声が無駄にならないように、捕まえたいな。あとは、何かお礼をしたいもんだな」
と話していた。
 雨宮が後日、そのお礼について相談すると
「それはいいな。ポケットマネーを使わなくていいように話をつけてくる」
と言って、会計課の方へ話をしてくれた。


 そういう経緯を経て、今、この包みがここにある。雨宮は捜査協力に対するお礼を重ねて伝え、雨宮は小さな包みを、増本良平に手渡した。

 増本良平は
「うわぁ、やったぁ」
と言って喜んでいる。

 増本優芽は、戸惑った様子だ。そのため雨宮は
「お母さん、これは私のポケットマネーでも、ましてや黒いお金でもありません。」
と言って笑ってみた。増本優芽は、釣られて少し表情を崩した。
「警察もたまには、こんなことするんですよ」と言うと、増本優芽は先程の柔らかい表情に戻っていった。
 雨宮は「では」と言って、軽く敬礼して場を後にすることにした。また、真面目な顔をして、増本兄弟が敬礼して返してくれたが、次はクスッと笑っただけで吹き出すことは回避できた。

 雨宮は歩きながら、増本良平の言葉を思い出す。
「あのな、僕な。強くなってお母さんや颯太を守りたいねん。それでな、大きくなったらな・・・」
頬を紅潮させて増本良平は、そう言った。
小学生男子のなりたい職業には、雨宮達の職業がいつもランクインしている。ただ、大人になってまでそう思い続けている人は、いったいどれくらいいるだろうか。


 雨宮は増本良平の話している姿を思い出した。彼の目は、まっすぐ雨宮を見つめていた。
あの目は、きっと本物だ。


 車に乗り込もうとした時、ふと気になって後ろを振り返ってみた。
 増本優芽の隣で、こちらに手を振っている少年が二人。
 そして、増本優芽はこちらに向かって深々と頭を下げた。
 雨宮は慌てて帽子を脱いで
「ありがとうございました!失礼します」と声を張って頭を下げた。雨宮はパトカーに乗り込み、クラクションを軽く2回ならして、出発した。
 その時増本親子の方を見てみると、増本優芽はもう一度深々と頭を下げた。雨宮には、その姿が妙に印象的だった。




 数日後犯人が逮捕された。同じ市内に住む45歳、男性。免許はやはり最近取り消されていた。
 新聞の地域欄に、「お手柄、小学生」と有力な目撃情報を寄せた小学生を称えつつ、ひき逃げ事件の犯人が捕まった記事が載った。
 雨宮は犯人が捕まったタイミングで篠原麻美の母親に電話連絡していたが、改めて今後の流れを説明するために篠原麻美の入院先に向かうことにした。

 「犯人逮捕」で事件が終わるわけではない。

 病室の近くに来ると、ワイワイとした声が聞こえてくる。そして
「麻美、またね!」
という聞き慣れてきた声と共にドアが開き、何度か見たの篠原麻美の友人が顔を見せた。雨宮は軽く会釈すると、篠原麻美の友人もこちらに気付いたようで、会釈をしてからドアをまた開き
「麻美、雨宮さんきたよ」
と知らせる。
 雨宮は、なんで自分の名前を知ってるんだ、とうかつにもうろたえてしまったが、篠原麻美の友人は一緒にいた残り二人の友人と話をしながら病室を後にしていった。

 雨宮はまだびっくりした表情のまま、病室に入ってしまった。
 篠原麻美は、クスクスと笑っている。勘のいい彼女は、雨宮の表情で勝手に内心を読んでいるに違いなかった。
 ほどなくして母親も病室に現れた。
「麻美、佳子ちゃん達来てたの。さっきすれ違ったけど」
と、廊下を見ながら入ってきた。
「うん、これ持ってきてくれた」
と篠原麻美は、一枚の色紙と使い古したバスケットボールを指さして、ボールを手に取り感触を確かめている。
「あと、落書きされた」とはにかみながら、固定された右足を上げる。
 白色のギプスにマジックで文字が書かれているのは、リハビリサボるな、試合のイメトレ、早くコートに帰ってきて、先輩ファイトす!・・・。
 どれも彼女のバスケ部の部員のメッセージ。さっきの3人で書き分けたのだろうか、まるでギプスだけ耳なし芳一のようだ。

 母親は色紙を手に取っている。これは、彼女のクラスの一同からだった。聞き慣れてきた声の主の篠原麻美の友人は、きっとクラスも彼女と同じなのだろう。母親は知ってる名前を見つけて、篠原麻美に見せている。
「ちょっと、お母さん。後でゆっくり見たかったのに」
と篠原麻美は口を少し尖らせている。
 雨宮は、その様子を微笑ましく見ていた。

 
 篠原麻美と母親は、犯人逮捕に改めて礼を言ってきた。
「迷宮入りする事件もあるなか、今回は小さなヒーローのファインプレーのおかげです。」
と雨宮は返した。うんうん、と頷く篠原麻美。
 そして、二人にこれからの流れをざっと説明していった。


 雨宮は用件を終えて帰り際、
「そうだ、雨宮さん。」
と篠原麻美に呼び止められた。
「これ、一言書いてもらえませんか」
篠原麻美は色紙とペンを持っている。
「いやいや、それはクラスの皆が書いてくれたやつでしょう。場違いですよ」
と雨宮は恐縮するが、困ったことに篠原麻美は全く引かない。
 結局、雨宮は押しきられて、一言書くことになってしまった。色紙には篠原麻美のクラスメートが色々な色ペンで励ましの言葉を連ねている。

 困ったな、気の利いた言葉が浮かばない。
 雨宮は頭をかいた。そして、しばらく目を閉じて考えて、目を見開いてからペンを走らせた。
 雨宮は、見直して、また頭をかいた。
 そうして、雨宮は色紙を裏返しにして、篠原麻美に返す。篠原麻美は、満足そうに引き取りする雨宮に礼を言った。
 雨宮は挨拶をして部屋を出る。いつもどおり母親が廊下まで出てき
「雨宮さん、この度は大変お世話になりました。」
と言った。
 雨宮は
「いやいやお母さん、まだ終わってませんから。」
と恐縮する。
 すると彼女は一気に話し出した。
「違うんです、私たちの家族は本当に感謝しているんです」
「今回の麻美の事故で私たちの家族はそれはもうめちゃくちゃに乱されました。本当にこれから先どうなるかと思ったのです。麻美は完全に塞ぎ込んでいましたし、私たちもこの怒りを、このやるせなさをどこにぶつけることもできない。ニュースになった麻美の事故で、「でも自転車も危ないわよね」なんて話を外で耳にしたときは、なった者にしかわからない辛さがありました。」
 彼女は一度うつむいた。
 頬に一筋のキラリとしたものが伝い落ちる。
「でもね、雨宮さん」
顔を起こした彼女は、伝い落ちるものを右手で拭いながら、優しい表情を見せた。
「でも、悪いことばかりではなかった。
目撃者の増本さんが本当にいい人で当日のお電話で私は本当に救われました。麻美も本当の友達の優しさに触れることができました。家族も私が病院に行っている間に家のことをしてくれ、以前よりもさらに会話が増えました。」
「雨宮さん、犯人の取調べをするなら、こう伝えて下さい。私たちはあなたにめちゃくちゃにされたけど、家族の絆はより強いものになったのよ。絶対にこんなことで負けませんからって」

 母親はリハビリ中の娘を見ていたときよりも、力強く手を握っていた。雨宮には、その姿が彼女の思いの全てなような気がしてならなかった。

 雨宮は、「わかりました」と言うと「そのお気持ち、確かに頂きました」といって帽子を取って深々と頭を下げた。
 そうすることが、その気持ちに対する誠意なように思えた。
 そうして、雨宮は「失礼します」と敬礼して玄関の方へ進んでいった。



 篠原麻美の母親は目元を抑えながら、病室のドアを開けた。
 すると、篠原麻美はベッドの上で窓の外の駐車場の方を見ながら、涙を流している。
 彼女は、先程の色紙を手に持って
「お母さん、やっぱりあの人わかってるね、私の気持ち。なんか肩の力が抜けて、すっきりした。」
と言っている。

 母親は、娘に色紙を見せてもらった。
 クラスメートの励ましの言葉の中に、一際丁寧な字があった。




敢えて頑張れとは言いません。ぼちぼちといきましょう。あなたの頑張りを知っているから。
             雨宮 淳一朗


 
 母親は、また世界がゆがんでしまった。
 鼻をすすりながら、目頭をハンカチで押さえると、ぼんやりとした世界の焦点が合ってくる。
 そして、篠原麻美と目が合った。
 お互いひどく崩れた顔をしている。

 篠原麻美が先に吹き出した。
 そして、病室は二人の笑い声に包まれた。



終わり。


お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

いろいろな人のブログがあるので、こちらもどうぞ。
ブログアンテナ

【短編小説】 雨宮淳一朗の事情③

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。

こんにちは、ジローです。

さて、今回も短編小説。

surrealsight.hatenablog.com
surrealsight.hatenablog.com

本日は、第3話。

では、どうぞ。






 女子高生のケガはどうだったんだろう。雨宮は総合病院へと車を走らせた。

 救急外来のベンチに、女子高生は座っていた。母親らしき女性がしきりに話しかけているが、あまり反応していない。女子高生のそばには、松葉杖が立てかけられている。その右足は固定され、白く大きな足になっていた。

 雨宮は、彼女に声をかけてみた。女子高生はこちらを向いたが、表情は変わらない。母親は恐縮した態度でこちらの応対をしている。
 女子高生は、篠原麻美。市内の高校2年生。荷物の様子からするとバスケットボール部のようだ。ギプスは膝の上まで巻いてある。やはりケガは膝か。またコートに立つには、相当な時間がかかるに違いない。ほとんど、反応のない彼女の様子が、ケガの深刻さを物語っている。

 雨宮はケガの状態を確認したが、話をするのは母親だ。途中、母親が今期はバスケができない、というような宣告を医師から受けたとつぶやいた。
 彼女は、そこにだけ反応した。ハンカチで顔を覆って、声なき声で泣いている。その様子だけで、バスケが彼女の生活のどれだけ占めているのか、どれだけ一生懸命にやってきたのかが覗える。
 彼女はまだ、けがを受け入れることができない。それは、当たり前の話だ。

 雨宮は彼女に事故の状況を確認したが、
「そう、右から」
「憶えてない」
と短い言葉しか返ってこない。

 その後は彼女の母親と話をした。母親は何度もため息をついて、言葉の端々に「なんでこんな目に遭わなければならないの」と嘆く。雨宮もその気持ちは十分に理解ができた。
「今は状況が整理出来ないかも知れません。ご不明点があればご連絡下さい。」
と最後に連絡先のメモを渡して、病院を後にした。


 一人の女子高生に『事件の被害者』としての役、その家族には『被害者の家族』としての役、が急に降りかかる。これは拒否もできないし、消えるわけでもない。だから雨宮は、できるだけ負担がかからないようにしたいと思っている。


 二人に挨拶をして別れ際
「麻美!大丈夫!?」
と言いながら走る女子高生とすれ違った。雨宮は振り返ると、彼女は被害者の女子高生に泣きながら声をかけている。篠原麻美は、今度は声を出して、泣いていた。



 雨宮は署に戻ると、完全に夜になっていた。
 買っていた昼食は、そのまま夕食というか夜食になった。さっと済ませて、現場に臨場した事件をまとめていく。本当はひき逃げ事件の犯人を一刻も早く捕まえたい。ただ、闇雲に探せるものでもない。検索はパトカーや交番の警察官に任せる。そして、状況を整理して、雨宮ならできるやり方を見つけようと思っている。

 そうしていると、卓上の電話がなった。「篠原さんから」という話のあと、外線がつながれる。被害者の母親から入院の手続きが終了したとの連絡だった。それに夫が病院に合流したらしく、詳しい状況を知りたい、と。
 雨宮は、父親に電話を変わってもらい、もう一度母親に連絡した内容を説明した。
父親は、比較的冷静に話を聞いている。そして、普段の連絡は母親宛に連絡を入れて欲しいとの要望だったので、雨宮はそれを理解した。
電話口が母親とまた交代する。
 母親は、通報者にお礼を伝えたいということだった。雨宮は予め通報者の増本優芽に、連絡先を被害者に伝えていいか聞いていた。

 翌日、面会可能時間に雨宮は病院に向かった。昨日、伝えた病院の手続きのことなどを資料を病室に持っていき、もう一度説明した。相変わらず話をするのは母親ばかりであるが、その母親も一晩経って少し落ち着きを見せている。
被害者である麻美もまた、反応をみせているので、昨日よりは落ち着いたのかも知れない。ただ、明らかに時折痛そうな様子を見せている。

 手術は明日に決まった。靱帯と周辺の骨の手術。
骨折だけですまなかったケガは、高校生の彼女に長期戦を強いてきた。

 彼女にとって『今』の時間は、『今』しかない。

「麻美!」
どこかで聞いた声がした。
 制服姿の声の主は、昨日と違って少し落ち着いた表情を見せている。そして、今日は二人連れだった。雨宮は入れ替わりで、場を辞す。母親が病室の外まで見送ってくれた。

 捜査は確実に進んでいた。増本良平の目撃情報は信憑性があり、対象車両は絞り込みが進んでいた。犯人の姿は、少しずつ、輪郭を見せている。

 翌々日、篠原麻美の手術日。
 捜査はさらに進展を見せた。車種が割れ、1台の車が浮上した。名義人は40代の男性。免許は最近取り消されていた。雨宮はまた病院に向かった。こちらが、依頼していた書類が出来上がった、との連絡があったからだ。

 雨宮はノックをして、返事を待ってドアを開ける。
 病室の窓際に、明るい彩の花が生けてあった。カーテンが開けてあるためか日の光も差して、ずいぶんと明るい。母親は相変わらずよくしゃべっている。ただ、話題の端々に差し込まれていたネガティブな言葉はずいぶんと減り、その代わりにこれから先の話が増えていた。

 彼女の家庭は4人家族。中学生の弟と共働きの両親。母親は数日間の休みをとり、昨日の手術日は父親も休みを取っていたようだ。弟は家事をずいぶんとやるようになったらしい。もともと姉が手伝っていたところはあるが、母親が病院につきっきりになっていたので、父親と相談して分担しているとのこと。
 この話題を初めて耳にしたらしい麻美は「ええっ、私の時手伝ってもくれんかったのに」と少しすねた様子を見せ、母親を笑わせていた。

麻美のケガは全治6か月と診断された。術後の経過を見て後2週間程度で退院出来るようだ。額面通りに読めばかなりの重傷だ。ただ、麻美を含めてこの家族は、長女の危機的状況を、今、全員で乗り越えようとしている。

「麻美ちゃん、行きましょうか」
看護師と共に医療関係者が入室してきた。
篠原麻美は
「ちょっと頑張ってくる、お母さん」
と声をかけて、雨宮にも礼をして松葉杖でぎこちなく廊下に出かけていった。不思議そうに様子を見ていた雨宮に、病院の出入り口まで見送りのため歩きながら、母親が解説する。
「今からリハビリなんですよ。」
「麻美は、絶対冬の選手権に間に合わすんだって。無理はして欲しくないんですけど、でも今はこの気持ちが今は大切だと思って応援しているんです。
当然、麻美自身も難しいのはわかっていると思うんですけど、あの子負けず嫌いで。」
「あとはね、麻美の友達が毎日お見舞いきてくれているんですよ。」

 雨宮の頭の中で
「麻美!」
という声が響く。

「雨宮さん、困ったときに、何も言わずにお見舞いに来てくれる人って、とても大切な人だと思いませんか?」
「いいときにはたくさんの人が寄ってくる。でも状況が悪いときにも来てくれる人って、見かけだけじゃなくて本当の気持ちを持ってくれている人だと思うんですよ、私は。
そんなことを思って、あの子にさっき話をしたんです」

 二人は、ちょうど作業療法室の横を通りがかった。作業療法室のドアは大きく解放されて、数人の患者が棒に掴まって歩いたり、何かを持ち上げたり、立ち上がったりしている。
 その中にマットに横になった篠原麻美がいた。
 さっきの医療関係者が側について、麻美はゆっくりとけがをした右足を太ももから上げては下ろすという行動を、数えている。
 フーッと息を吐く、篠原麻美。
 すると、横で同じタイミングで息を吐くのが聞こえた。
彼女の母親が手を握り、ちょうど吐き終えたようだった。雨宮は母親と目が合い、クスッとする。母親が見守る娘の額には、キラキラしたものが光っていた。



 雨宮は先程の病室での篠原麻美との会話を思い出す。


「雨宮さん、私を助けてくれた小さなヒーローにお礼を伝えて欲しいんです。
お母さんには電話で最初に言ってって頼んだんですけど。」
「増本さんは本当に良い方で、私も話し込んでしまって、お互い涙してしまって」
「お母さん、ちゃんと言ってくれたの?本当にもう」
「本当に良い方だったのよ、すごく心配してくれててね・・・」

 雨宮は母親の話が長くなりそうなので、自分の持っていた鞄をゴソゴソとした。そして、
「ちょうどこの後ね」
と雨宮は言って小さなラッピングされた包みをチラリと二人に見せる。

 母親は、不思議そうな顔をしている。
 篠原麻美はピンときたようで「流石」と言って、うんうん、と頷いていた。



最終話に続く。


お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

いろいろな人のブログがあるので、こちらもどうぞ。
ブログアンテナ

【短編小説】 雨宮淳一朗の事情②

さて、単刀直入に。
今回は、短編小説の続編です。
これまでのお話はこちら↓
surrealsight.hatenablog.com

では、第2話をどうぞ。






「え、行くぞって」
 不意を打たれた雨宮は戸惑ったが、自分と課長がでるということは、あそこに行くということ。
「すぐに表にまわしてきます」
 雨宮は帽子をかぶり直して、キーを持って課室を出て行く。車を正面玄関前にまわすと、交通課長が現れ助手席に乗り込んだ。
「気をつけて行ってくれ」
交通課長は、一言そう言うと腕組みをして前を向いた。雨宮は赤色灯を点灯させて、発進する。

 道中、交通課長は何も話さない。雨宮は運転に集中して、先程の現場へと車を走らせる。

 雨宮は現場に到着すると、パトカーを事故を起こした車両が止まった位置に合わせて駐めた。雨宮はなんとなく、そうした方がいいような気がした。

 交通課長は紙袋を持って車から降りていった。
「そう言えばさっき車に乗り込むときに持っていたな。」
雨宮は特に気にもしていなかったが、課長はそれをもって横断歩道へ向かっている。そして、そこで紙袋をごそごそとした。

 紙袋から取り出した物は、一足のスニーカーだった。そして、雨宮に対し
「しばらく道路に出るから、交通整理をしてくれ」
と頼んできた。
 雨宮は、半身になり、課長の様子と車道から車が来ないかを交互に見渡した。
雨宮もそのスニーカーのことを知っている。被害者が履いていたスニーカーだからだ。
ただ、そのスニーカーはあさっての方向へ転がっていたのだった。
 スニーカーは黒色が主体の物だった。比較的新しい感じで、破れたり汚れたりもしていなかった。
 課長はちょうど右足用のスニーカーに右手を突っ込んでいる。
そして横断歩道の白線の上で、白線の埃をその靴で拭い去るように右手を大きく左に払う行為を何度かやっていた。
「なるほどな」
と課長がつぶやいた気がした。雨宮が振り返ると、
「もういいぞ」
と交通整理をやめるように言ってきた。


 現場の道路は、南北に走っている。
道を挟んで被害者は西から東へ横断しようとし、南から北方向へ進んできた車と衝突した。道路の東側には小さな公園がある。課長はその公園に向かって歩き出した。

 公園の中には、何組かの親子連れがいた。その中の一人がこちらの方を見ている。交通課長はその子の方に向かって歩いていった。
 課長はその子に近づくと軽く敬礼をして、膝を折ってしゃがみ込んだ。雨宮も課長が何やら話し出しそうだったので、そちらにかけていく。
 そして、雨宮は途中で、あっ、と息をのんだ。課長の目の前にいる子は、雨宮がさきほど現場で話しかけた少年その人だったのだ。

 課長は
「こんにちは」
と話しかけると、少年は
「おまわりさん、何しているの」
と聞いてきた。
 課長は
「さっきそこの道路で大きな事故があってね。おじいさんがはねられたみたいなんだ。」
と言った。
 課長の表情は、とても悲しそうだ。そして、課長は
「どうも、おじいさん横断歩道を歩いているときにはねられたみたいで、気の毒でね」
と言った。
「え、横断歩道!?」と雨宮はびっくりした。
 少年もなぜか驚いていて
「車の運転手さん、飛び出しだって叫んでたよ」と言う。
 課長は、
「うーん、多分その人が言っていることは違うと思うなぁ、おじいさんは横断歩道を歩いていたと思うよ」
と応えた。

 少年は両手を握り、少しうつむいた。よく見ると彼の身体が小刻みに震えている。課長はその様子を見守っていた。なぜか、次の言葉を発しない。

 雨宮には、数秒が長く感じられた。そして、少年は顔を上げてこういった。

「おじいさんは、川端さんは、横断歩道を渡ろうとしていたんだ!!」

 彼の目は潤み、大粒の涙が頬を流れていく。そして、その言葉は雨宮の身体を打ち抜くには十分な衝撃を持っていた。

 少年は時々嗚咽しながら、言葉を振り絞っていく。
「僕は反対側にいて・・・。
おじいさんは、川端さんは・・・。
僕の行っている学校のバラ園のお世話をしてくれてるんだ。
僕はあの時、たまたま道路の反対側に川端さんがいるのを見つけて、嬉しくって「おーい」って手を振ったら、川端さんが気付いてくれて・・・。


川端さん、その場で周りを見て「あそこ渡って、そっちいくわな」って僕に言ってきて・・・。
それで僕も横断歩道の方に歩いて行ったんだけど、向こうから速い車が来ていて・・・。
でも、川端さん、横断歩道に近づいたから、車来てるから・・・。」

「僕は、僕は・・・。」
「危ないって・・・」
「言ったん・・・」
「言ったんだけど」

少年は嗚咽しながら、手を握って必死に耐えている。
彼の両目は容量を超えた大粒の涙が、みるみる膨れてはあふれ出し、あふれてはみるみ膨れ上がって行く。


 課長は
「わかった、もういいよ」
と言って、膝をついて少年を抱き寄せた。

 彼は課長の胸の中で、大声で泣いた。
 彼は何度も「僕は」と言っては言葉に詰まり、課長はその背中をさすっている。課長の表情は、見えない。ただ、時折腕で眼のあたりを擦っていた。

 少年の鳴き声がだんだんと小さくなっていく。
 そして
「助けたかった」
と小さな声でつぶやいた。課長は
「そうだな、助けたかったな」
と言った。




やがて、課長は胸から彼を離し、両手で両肩を持って
「がんばって話してくれたんだな、ありがとうな」と言って、少年の頭をなでた。
 少年の後ろには、その一部始終を見ていた少年の母親らしき人物が自転車を抱えて、両目を赤く腫らして立っていた。



 課長は、今度その母親と少し話し出す。ただ、雨宮はその様子をほとんど憶えていない。頭の中は、さっきの少年の言葉が繰り返されて、呆然と立ち尽くしていたのだった。

 しばらくして
「帰るぞ」
と課長に声をかけられて、雨宮ははっと我に返った。とっさに、雨宮は
「すみません」
と言ったが、後の言葉が続かない。
 二人はパトカーに乗り込んだ。シートベルトを締めて、雨宮がサイドブレーキを持とうとしたとき、課長はこう言った。

「なぁ、雨宮。事務処理、残務処理、事故処理。なんでみんな、処理なんだ」
「俺はこの処理ってのが嫌いでな。俺達の仕事はゴミじゃないだろう。」
「俺達は基本的に自分が見ていない現場に行く。そこでああだこうだと言うわけだ。見てもないのに。なんでそんなこと言えるんだ?」
「現場にはな、『声』がある。物を言わない壊れた車にも、路面についた靴の痕にも、見ている人にも『声』がある。
それをな、くんでやることができたり、聴くことが出来たりしたら、一人前の捜査員だと、俺は思うんだよな。」


 雨宮は呆然とした。
 課長のこの言葉はもしかしたら今までに聞いていたのかもしれない。
しかし、今ならその『声』がなんなのか、わかる気がした。



「署に戻るぞ、一人本当の話をしていないやつがいるだろう。
そいつの『声』を聞くのが、おまえの次の仕事だ」




あの時の話は、今でも思い出す。
雨宮の、捜査員としての、大事な原点だから。




目撃者の少年の名前は、増本良平。

彼は母親の後ろで、母親のズボンの裾を持っている。

少年の母親は、増本優芽。彼女がこの事故の通報者だった。彼女は二人の子どもがいる、小柄な女性。彼女も少し構えているように見えた。確かに普段の生活で頻繁に110番通報することなんてないはずだ。先程挨拶したが、文句も言わずに捜査に協力してくれており、話し方も丁寧だった。
 きっと優しい母親なんだろう。
 夕方の忙しいこの時間に長々と協力してくれているので、本当に申し訳ない気持ちになる。


 雨宮は増本良平の様子を見て、少し考えた。


 そして、やはり最初に一番伝えたいことを話そうと思って、しゃがんで膝をついた。

 母親は、こちらを気にするようなことを言ったが、雨宮は「おかまいなく」と言って、こちらの表情が少年に見えるように帽子を少し浅くかぶり直した。

「良平君だったね、ありがとうね、おまわりさん助かったよ。」

 母親の後ろにいる少年はキョトンとしている。雨宮はその様子に少し微笑み返す。少年の眼の奥に見える緊張の糸を解きほぐすように。


 そして、ゆっくりと続けた。


「突然のことでびっくりしたね・・・。」
と話してみた。血が出るということは、小さな子でもしっかりとケガという認識が生まれる。そして、かつて雨宮自身もそうであったように、小さな子には純粋な、彼らなりの正義感がある。だから
「おねえちゃんけがしているのに、ほったらかしにして許せないよね」
と雨宮は少年に言った。

 少年の眼がカッと見開いて、そして小さく頷いた。母親はじっと、自分の子どもの様子を見ている。そしてまた、少年は下を見た。


 大丈夫、この子はしっかりした強い子だ。



 雨宮は少し間を空ける。

「だからね。」

「良平君が見たことをおまわりさんに教えて欲しいんだ。」

「そのために…」

「ちょっとだけ、頑張れるかな?」

 雨宮は、少し表情を崩して、ジェスチャーを入れて、少年にお願いする。これからの作業のハードルを、彼がつくっているであろうハードルを、下げようとしたてみた。
 少年は雨宮の手を上目で少し見て目線を下に戻した。そうして、少年はうつむき加減から、ゆっくりと顔を上げる。
 その眼差しは、まっすぐにこちらに向かっていた。


 少年は、小さく
「うん」
とつぶやいた。

 雨宮は「ありがとう」と言って微笑みかけ、少年の肩をポンポンと叩いた。
 少年は、堰を切ったようにしゃべりだし、「お巡りさんこっち」と案内を始めた。



 少年が知った、見た話が、少年の『声』で動き出す。


 雨宮は母親に断りを入れて、少年を追いかけ、彼の話をつないでいった。母親は、ぽかんと口を開けて驚いた表情をしていた。少年の様子が、かなり意外だったのかも知れない。


 少年は、「ここでな・・・」とどんどん説明をはじめていく。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。」
心の中で独り言ちて、雨宮は少し苦笑いもしながら、話し出してくれたことが嬉しくもあった。
 そして、よくよく話を聞くと、この少年は逃げた車のナンバーも一部憶えていた。パトカーの警察官はそこまで話が聞けていなかったので、これは本当に助かる話だ。しかも、憶え方がいい。母親の誕生日と同じだった、とは。

 この事件はきっと捕まえられる。経験上、雨宮のこういう時の勘はすこぶる調子がいいのだった。

 
 一通りの措置が終わった後、雨宮は少年と母親に挨拶をした。雨宮は、少年のファインプレーがいかにすごかったか、ということを母親に伝えた。母親は驚きながら、どこかはにかみながら、雨宮の説明をまっすぐな眼差しで聴いていた。
 きっとこの母親なら、自分が引き上げた後にも、しっかりと誉めてくれるに違いない。


 さて、次の気がかりは・・・。
 雨宮は、救急車の向かった先を遠くに見た。



第3話に続く。

お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

いろいろな人のブログがあるので、こちらもどうぞ。
ブログアンテナ

【短編小説】 雨宮淳一朗の事情①

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。

こんにちは、ジローです。

たくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!

おかげさまで、ぼちぼちとこのブログを続けられています。



さて、今回は、久しぶりの短編小説再開です。

では、第1話をどうぞ。







ビー、ビー、ビー、ビー、ビー。
警報音が無線機から響き渡る。甲高い緊急配備指令を予告する、この音。


本部から、A署。
A署です、どうぞ。
重軽傷不明なるも、ひき逃げ事件の発生!
発生は入電の五分前。
場所にあっては…


「やれやれ、まだ帰らせてくれないな。」
と相勤者がつぶやく。その日は朝からすでに4件の現場に臨場している。昼食もまだとれていない。
「これ、うちですよ」
と言って雨宮淳一朗は無線のボリュームを回した。

 車と自転車の事故で、車が逃走。自転車の女子高生が負傷のようだ。


「近いですね、現場はだいたいわかります。以前交番にいたときに受け持ちの地域でしたから」
雨宮はそう言うと、交差点をUターンして、本署とは反対方向へ車を向かわせた。

 しばらくすると、情報が無線に流れてきた。
無線はボリュームを上げたせいで、やや音割れしている。無線は、本部が情報を整理して、パトカーに検索エリアを指示していた。


 雨宮は、A署交通課の交通捜査係。
 彼の仕事は、交通事故に絡む事件を担当し、現場に行って現場検証から、取調べ、送検を、ひき逃げであれば犯人の特定、検挙、取調べ、送検までの一切の捜査を行うこと。
 裏を返すと、逃走中の犯人の車を検索中のパトカーなどが見つけない限り、ひき逃げ犯人が捕まるかどうかは雨宮個人にかかってくる。その責任は、軽くはない。


 現場はすでに規制がなされていた。パトカーは赤色灯の昇降機を上げて、停車している。野次馬とおぼしき付近住民のような人達が、規制線の外に並んでいた。
 交番の警察官が規制のテープを外して、雨宮達のワンボックスのパトカーを誘導する。雨宮の相勤者は、パトカーの上部の電光表示を点灯させた。

 雨宮は、
「中西さん、写真お願いします。自分は見分しますんで。」
と声をかけ、
「了解」
という声が背中から聞こえる。そして雨宮は、こちらへ合図をしているパトカー勤務員のところへ、かけていった。

 現場ではすでに救急隊が、被害者の女子高生を収容し総合病院に向けて出発していた。
 救急隊からの聞き取りでは、被害者は足から出血があり、膝の曲げ伸ばしができない、とのこと。
 さらに、目撃者を1名確保した、とのことだった。ただ、その目撃者は子ども。報告をしてきたパトカーの警察官は、
「あんまり期待できないよ」
と雨宮に耳打ちした。

 雨宮は、母親らしき女性とその影に隠れている子どもに、簡単に挨拶をし、捜査協力に対するお礼を伝え、もう少し協力してほしいとお願いし現場の点検を行った。

 目撃者と言えども人間だ。記憶は完全ではないし、間違うこともある。悪意をもって目撃者を装う輩もいるし、突然のことで自分の中で整理できず上手く説明出来ない人もいる。
 だから、まず雨宮は自分の目で現場を確かめる。そうして、現場に残された事実を確認し、人の話を聞く。そうすれば、大きく道を踏み外すことはない。

 女子高生が乗っていた自転車は、前部の変形がひどかった。
ハンドルをまっすぐに持ってみると、前輪がまっすぐにならず、左方向へ斜め向き、車体のフレームに前輪の泥よけがぶつかってしまっている。
右ハンドルの先は荒い面で消しゴムを擦ったかのようにざらざらになり、前かごには白い塗料が付着しして削れ、自転車の荷台の右側にも同様に白い塗料がついている。
一方左側はというと、特に目立った傷は認められない。
相勤者はその様子を一枚ずつ写真を撮っていた。

 次に雨宮は現場を確認する。
 先着のパトカー勤務員がテープで現場保存していた場所には、小さな血の跡が認められた。そして、そこから範囲を拡げながら観察していくと、路面を何かひっかいたような痕がついており、その近くにチョークで縁取った自転車の形。

 雨宮は、「出会い頭にぶつかった。逃げた車には左側面に傷がある」と独り言のようにつぶやいた。 先着のパトカー勤務員は、女子高生は「右から来た車とぶつかった」と話していたと説明する。


 現場の交差点は変形した十字路だった。交差点を中心に南北に広めの道が走り、東西のやや狭い道が交差している。
 そして、交差点から東側の道路は南北の道路に直角に交わっているが、西側の道路は何姿勢から北東方向へ向かって延びて交差点の中心に交わっている。女子高生の通う高校は、この変形した西側の道路を西へ進んでいくとある。
 この交差点、北西側は田んぼが広がっているが、南西側は塀の高い民家があった。つまり、女子高生が走ってきた道は、右方向への見通しが非常に悪い。
 それは、裏を返せば南北道路の北行き車両からは、左方向の見通しが非常に悪いことを意味する。そのため、道幅の狭い道路には、一時停止の止まれの表示と標識が掲げられていた。


 雨宮は現場観察を終えると目撃者の元へかけていく。パトカーの勤務員が、「期待できない」と言っていた目撃者の少年は、母親と一緒にいる。そして、こちらが近づいてくることに気付き、母親の後ろにさっと回った。
小学校の中学年ぐらいだろうか。


 雨宮は、以前の自分であれば、「期待できない」を鵜呑みにしていたかも知れない、と思う。ただ、現在(いま)はあの時とは違うはずだ。

 雨宮は静かに膝をついた。





 あの日、雨宮は当直だった。


 交番から新しい係に配属され、約半年が経っていた。その新しい係では、日々起こる交通事故を文字通り捌かなければならなかった。簡単な事故は、「処理」出来るようになった。
 しかし、まだその程度、だ。


 当直で受理した交通事故に関しては、その当直員が対応する。
 その日雨宮は、先ほど発生した事故に向かっていたのだった。その事故は、車と歩行者の事故で、歩行者の高齢男性の意識がない。もしかしたら亡くなってしまうかもしれない、交通事故だった。

 現場に到着すると、雨宮は当事者を探した。運転手は若い男性。やや、ちゃらけた感じがある。雨宮が声をかけると、
「なんや、ポリ」
と返ってきた。雨宮は腹が立つ思いを抑えながら状況を聞くが
「相手が飛び出してきた」
と、運転手はまるでよけようがなかったかのような言い方だ。

 雨宮は、彼が運転していた車を確認すると、左前のライトが押し込まれ、ボンネットは凹み、フロントガラスに蜘蛛の巣状の割れがあり、それがフロンガラスの枠部分となるピラー部分を中心に半円状に広がっていた。

 これが意味すること。
 車の非常に硬い鉄の部分で、被害者は強い衝撃を受けている、ということ。
 雨宮は、他に目撃者がいないか周囲を見渡した。警察官と消防関係者以外は、めぼしい“大人”がいない。規制線の外に集まっている大人達は、事故の後から、何が起こったのかと興味本位で集まってきた人ばかりだった。

 現場の道路には、事故をした車の少し手前に横断歩道があった。その横断歩道の反対側に、小学生くらいの少年が立っていた。
 雨宮はなんとなく気になったので、その少年のところに行ってみた。背中から、さっきの車の運転手が
「だからよけられなかったんだって、飛び出しやで、飛び出し」
という声が聞こえる。その少年は、なぜか手を握り、身体を震わせて一点を見つめていた。
 雨宮は立ったまま
「ボク、何か事故のこと知ってるか」
と聞いてみたが、少年は無言。雨宮は首をかしげたが、何せ今は早く状況を確定させていかなければならない。声をかけるんじゃなかったと思って、横断歩道を渡って文句を言っている運転手の方へ戻ろうとした。

 その時
「あの」
という声が後ろから聞こえた、気がした。そう、気がした。
 雨宮は立ち止まって振り返る。
すると、さっきの少年が一歩前に踏み出していた。
「何、急いでるんやけど」雨宮は何気なくそういうと、少年は
「え、あ」と声が詰まった。
 そして
「やっぱりなんでもないです」
と答えた。雨宮は、もう一度首をかしげた。

「なんべん言わすねん」
後ろから荒げた声が聞こえる。雨宮はきびすを返して、わめいている運転手の方へかけていった。


 現場の道路は、片側1車線の直線道路。
両脇の歩道は道幅が広く、車側から歩道への見通しはいい。そこに、信号はないけれど先ほど雨宮が渡った、横断歩道があった。


車の運転手が説明する事故の状況は、こうだ。
相手は急に飛び出してきた。
横断歩道なんて渡っていなかった。
だった。

 雨宮は一応、防犯カメラを探してみたが、その場所にはなにもない。車の運転手は逮捕され警察署へ連行されていく。雨宮もひととおりの現場検証を終えて、パトカーに乗り込み、Uターンして先ほどの横断歩道を通って署へ戻ろうとした。

 その時、横断歩道の近くに少年が立っていた。
よく見るとさっきの少年だ。雨宮はパトカーを一時停止させるが、彼は渡るそぶりはなかった。



 本署に戻ると、雨宮は上司の交通課長に状況を報告した。
 当事者は飛び出しだと言っていること。腹立たしい態度を取っていること。目撃者がいないこと。防犯カメラもないこと。

 交通課長は
「本当に周囲に目撃者はいなかったのか」
と質問してきた。雨宮は
「野次馬ばかりでした。あ、他には小学生くらいの少年がいたので、一応話をしましたが何も言いませんでした。」
と答えた。
 交通課長は、机に肘をつき、前のめりになって両手を組み合わせている。そして
「本当に何も言わなかったのか」
と、もう一度雨宮に尋ねた。雨宮は少し戸惑って、思い出してみた。そう言えば呼び止められたような…。その話を雨宮は交通課長に話してみる。

 交通課長は、静かに立ち上がった。
「雨宮、連れてこられた奴の手続きは他の者に任せろ。行くぞ。」



第2話に続く。

お問い合わせはこちら
surrealsight.hatenablog.com

いろいろな人のブログがあるので、こちらもどうぞ。
ブログアンテナ